第53話 人生において素敵な先輩達と出会えるかどうかはきっと人格形成に大きく関わってくると思うよ

「生捕りにする……か、姫は中々難しい事をご所望だ。しかし、難しい方がたぎることもある。そうだろう? 剣士よ」


 コロナ先輩はムラサメと真っ向から打ち合った。致命傷以外は斬られる事を覚悟して踏み込むコロナ先輩の剣はムラサメにようやく届いた。気が遠くなる程の強化魔法を使い、それでも自らのダメージ量の方が多くなる事すらも受け入れながら……何故ならこれは一対一じゃない。

 

「アレクシアぁああああ! やれぇえええ!」

 

 アレクシア先輩は自我を半分失いながらコロナ先輩の声に合わせて、倒れている間に詠唱していた魔法を発動させた。風紀委員として学園の生徒を守る為、先輩は生徒会に入り、その魔法の力を高め、一人で鍛錬してきたのね。氷の魔法と同時に本人も最大出力で防御魔法を自分自身にかけてムラサメの剣の前に身を乗り出した。

 

「アレクシア先輩!」

 

 流石に丸腰であのムラサメの剣の前に出るなんて、私が動こうとした時、アレクシア先輩は指で私に合図。指を振り、今はまだ飛び込むなと……半分失いかけている自我の中でも……私は心底先輩達の凄さに驚いた。単純な魔法の出力で言えば私が一番だから、私に全てをかけてくれている。勇者パーティーの剣士が想像を絶する強さだった場合、私たちはある一つの作戦を立てていた。

 

 アレクシア先輩はムラサメに斬られ、血を流す。だけど、魔法でタフネスを限界ギリギリまで跳ね上げているので、ムラサメでも切断するには至らない。逆にアレクシア先輩に意識を持っていかれたムラサメはコロナ先輩の一閃を浴びることになる。


「少々……少々みくびってしまっていたようですね。お美しい貴女方をできれば傷つけたくはなかったのですが、致し方ありません。妖刀抜刀」

 

 魔道具精霊……ただでさえ恐ろしく強いムラサメが持っている剣には精霊が宿っている。それも一つじゃない。剣が曲がり、コロナ先輩の剣を避けるようにコロナ先輩を貫いた。

 

「バーサーク・ブリザー……うっ……」

 

 アレクシア先輩の鉄壁の防御をも貫いて、魔法の発動も許さない。コロナ先輩はアレクシア先輩を守るように変幻自在の動きをするムラサメの剣技を避けようとするけど、ムラサメはそちらに意識が揺らぐコロナ先輩をムラサメの剣技で討ち取った。

 死んではいないけれど、このままトドメを刺された……

 

「先輩達」

 

 コロナ先輩が大事な剣を杖が代わりになんとか立ち上がる。アレクシア先輩も狂戦士化が解け、気休め程度の回復魔法を自分ではなくコロナ先輩に使いながら……もう、こんなの……エル、エルなら……

 

 エルはここには来てくれない。でもエルが私に与えてくれた盾がある。そしてお姉様達から受け継いだ。この槍も……

 

「この妖刀と同じ、何かが宿った武器、武具ですか? この中で一番貴女に興味を持っていました。お姫様なんですってね? ミカエリスさん」

「それがどうしたの?」

「私と凹凹(女の子同士セックス)しませんか? 私無しでは生きていけない身体にしてさしあげますよ?」

「なっ……」

 

 何を言ってるの……ムラサメ……私には、私には……憧れで、せめて背中は見ていたいエルシファーがいるの!


「貴女なんかに私は靡かないわ! さぁ、かかってきなさい! こちらも本気で貴女を拘束するんだから!」

 

 戦乙女化はできてあと一回。ムラサメの技術は明らかに私たちよりも上位のところにある。でも、きっとこのムラサメでさえ、エルには届かない。

 こんなところで止まっていられない!

 

ファンタジア・ヴァルキューレ戦乙女化!」

 

 ヴァリュキュリア王国の第二皇女であるアザゼリスお姉様ができなかった古代の血を顕現させられる魔法。第一王女と第三王女の私達のみが使えるこれを真似てアザゼリスお姉様が独自に編み出し、そして私に……


“ミカエリス、お前にどうしょうもない壁が立ち塞がった時、戦乙女ですらそれに届かなかった時、守りたい何か、信念がある時、この魔法を使え“

 

「アザゼリスお姉様、ありがとうございます! “それは古に滅ぼされし力の鍵、深淵よりも深い海に沈みし巨人の財宝、今我が祈りに呼応し、死者よ歌え“ニーベルンゲン・チャージ!」

 

 アザゼリスお姉様がなぜ戦乙女になれなかったのかは分からないわ。三姉妹の中で血が薄いと周りの者達に密かに蔑まれいた事も知っている。それでもアザゼリスお姉様はセラフェリスお姉様の顔に泥を塗らないように、学園主席を守り抜き、今はヴァルキュリア王国の将軍の地位に上り詰めた。

 セラフェリスお姉様と、私の事だけを考えてくれて、戦乙女達が天界に連れて行ったと言われる英雄達の力、それを間借りするのがニーベルンゲン・チャージ。巨人のごとし力を誇るアザゼリスお姉様の秘技中の秘技。

 

「いくわよ! さらに神槍、水竜王の力を解き放って!」

 

 魔道具精霊の水竜王はムラサメの魔道具精霊を足止めする。いや、力関係だけなら完全に私の水竜王の方が上。魔道具精霊対決では勝負がつかないと理解したムラサメは間違いなく切り込んでくる。

 

「なるほど、お姫様だけはある。持っている物が段違いだ。勇者様より賜った妖刀鎌鼬では少々分が悪いですが、でも少々程度ですよ。歴然とした力の差が私とお姫様にはございますから!」

 

 来る! 踏み込んできたムラサメは水竜王の力を紙一重でかわし私に一撃を……でもまさか二段構えとは思わないでしょう?

 

「神槍を受ける鞘に眠りし土竜王、貴方の力を解き放って!」

 

「「!!」」

 

 これには流石にコロナ先輩もアレクシア先輩も驚いたようね。そう、私の二つ目の魔道具精霊。エルが与えてくれたグランドドラゴン。ドラゴンを二体も使役した者は多分、今まで歴代でも私しかいないはず。それも水竜王と違い、グランドドラゴンはとにかく獰猛で、狙った相手を……

 

「なんという事でしょう……お姫様、貴女は私の予想の斜め上をいく! こんな恐るべき力を二つも……」

 

 グランドドラゴンの力に押し潰されそうなムラサメ、行ける! 行ける! 押し切ってグランドドラゴン!


 ズバンと風を切る音が聞こえた。

 

「ハロー、お姫様」

「う……そ」

 

 グランドドラゴンの猛攻ですらかわしてから私に一太刀、傷は深い。私は傷口を見もせずに痛む部分に触れて「ヒール!」傷を塞ぎながらムラサメの攻撃を受ける。

 英雄たちの力を借りてもムラサメには届かない? 私はそれでもムラサメに向かう。血が沢山流れ……

 

「もうやめなさいお姫様、本当に死んでしまいますよ?」

「貴女が降参するまで私はやめない」

 

 要するに私を止めたければ、私を殺すしかない。ムラサメは歯を食いしばる。そして刀を鞘に戻し……諦めたわけじゃないのね。覚悟を決めたようねムラサメ。

 

「どこかで私は貴女を蝶よ花よと甘やかされて育ったお姫様だと勘違いしていました」

「大体あってるわよ。親友にもそう言われたわ」

「いいえ、貴女はきっと民草を導くよい王族に慣れたでしょう。ですが、貴女を殺す事でしか止められない私の未熟をお許しください」

 

 ようやく本気を出してくれる。エルシファーはそういえば、本気を出してくれた事って幼少期から一度もなかったわね。見てみたいな……エルシファーの本気。一体どのくらいの力の差があるんだろう?

 私の全力はエルシファーの背中が遠くに見えるくらいのところにはいるんだろうか?

 

 ムラサメの剣がパッと光った。

 そして花が咲いたように真っ赤な血が舞った。

 

「……ミカエリス姫ぇええ!」

「ミカエリスさん……」

 

 

 遠くで先輩たちの声が聞こえる。指は……まだ動く。沢山血を流したな。アレクシア先輩も、コロナ先輩も、私も……そして私の返り血をムラサメは浴びた。

 

 

 

 

 

 

 …………勝った。

 


「全ての魔法の母、超魔道士……ドロテアに誓う。混沌魔法……ペイン・エクスチェンジ!」

 

 私の体の傷は急激に治る。そして私を討ち取ったハズのムラサメが「……そういう? 三段構えどころか、四段……やられまし……」

 

 私が受けた全ての傷を受けてムラサメが倒れた。私はすぐにムラサメに全力全開の回復魔法。

 

「コロナ先輩! アレクシア先輩、手伝ってください! ムラサメを殺してはいけません!」

 

 二人だってボロボロなのに、何を私は言ってるんだろう……でも、コロナ先輩もアレクシア先輩も辛いだなんて事は絶対に言わない。私たち後輩の前では素敵な、尊敬すべき先輩達だった。

 

「ミカエリス姫、よくやってくれた。このコロナ、君に剣を捧げる所存だ! 私の魔法力、全て持っていけ! ヒール!」

「しかし、申し訳ない。後輩である貴女にこんな役目を……私にできる事はこの方の治療くらいのようですね! キュア!」

 

 勇者パーティー、最強の一角。剣士を倒せた。勇者パーティー襲撃から1時間42分、あとはみんなお願いします。

 

「エルシファー、ようやく全力の貴女の背中、見えたわよ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る