第18話 強さのない同格


 なんていうか、恐ろしい程に気まずいもんなんだな。これがまだ彼女だったり家族だったのなら状況は違った。あまりにも叶との関係値が薄い上に、涙という人間の一番弱い所を見せてしまった羞恥心。


 互いに言葉を発することなく数分が経過。流石にこの状況下で俺から口を開くのは少々荷が重すぎる。

 そんなことを考えていると――、


「気まずいね、開智が泣くから」


「いや泣かせたのそっちな!」


 気を遣ってくれたんだろうな。その普段通りな感じが、今の俺にはすごく助かる。


「その……、なんだろ。とりあえず、ありがと……」


 素直に礼を伝えたつもりだけど、叶にどう伝わったのかはわからなかった。彼女は少し悪い笑みを浮かべながら「何が?」と小さな声で言った。


「はいはい、からかいたいならそうすれば。それよりそっちこそ急に下の名前で呼んでくるとか、どういう心境の変化?」


 俺は手払いを付け加え、叶のからかいを拒絶した。

 そしてついでに、下の名前で俺を呼んだことの真意について尋ねてみた。すると叶は悩むことなどなく即返答した。


「別に深い意味はないわ。時間が経過すればそれは自然と起こりうることでしょう?」


 まあ、そう言われれば確かにそうなのだが、叶が無意味にそういったことをしてくるとは考えにくいのも事実。現に叶は俺との距離を少し縮め、何か聞きたいことがある様子を全身でアピールしてきている。


「小さい時の話、してくれないかしら?」


「小さい時?」


 単純に俺の幼少期が気になる、っていうことでもなさそうだ。お互いの理解を深める上で、自身がどんな成長過程を育んできたのか打ち明けるのは必須とされる。だけど叶が俺に聞きたいのはそうじゃない。彼女にとって真相に近づく何か・・、俺には到底理解できないが。


「普通だけど」


「普通って?」


「いや、普通は普通だろ。叶のそれってなんなの? 前にも俺の名前に引っかかってたりしてたみたいだけど」


「――別に」


 それ以上踏み込んでくるなっていう表情。この女は俺の事情には突っかかってくるくせに、自分の内情に踏み込まれることを強く拒絶する。正直言ってかなり鬱陶しい。


「そっちも話す気がないのに、俺一人ばっかり気持ちよく会話できるかよ。そもそも俺には小さい頃の記憶がほとんどないんだから」


「え?!」


 しまった。勢い余ってつい嫌な言い方をしてしまった。叶もかなり困惑した表情だ。


「き、記憶がないってどういうこと?!」


「え、えぇそっち?」


 後半に関しては言ったか言ってないかわからないくらいの声量だったけど。叶は猪突猛進の勢いで俺に詰め寄ってきた。鼻と鼻が接触しそうな距離感だ。


「あなた、記憶を失ってるの?!」


「記憶を失ってるっていうか……」


「はっきり答えて開智!!」


 もはや視界に叶しか映らない距離。


「待て待て落ち着けって! 記憶喪失とかじゃなくて、単純に小さい頃の記憶なんて曖昧だろって話! 叶近すぎるって……」


 俺の言葉を聞いて平常心を取り戻したのか、叶はその距離感を認識して頬を赤らめた。


「ご、ごめんなさい。私どうかしてた……」


「いや別にいいけど。そんなに俺じゃないかいち・・・が重要なの?」


「私の問題だから。いつか話す気になったら話すことにするわ」


 叶はそう言い立ち上がる。

 やっと帰宅してくれるってわけだ。


「そん時は彰も交えて話すとしよう」


 俺の冗談に薄ら笑いで反応し、叶は「お邪魔しました」と告げ自分の部屋へと戻った。


「はあ、危なかった」


 一人になれたことを再確認し、俺は一杯のコーヒーを淹れる。心を落ち着かせるために最適だ。

 ソファへと深く腰を落とし、ひとり呟く。


「――あんな表情で迫られたら、記憶を失ってるなんて言えるわけないよな……」


 事実、俺はある一部の記憶を失ってる。両親はその数年間に大きな出来事はなかったと俺に説明していた。冷静沈着で上品な叶が我を忘れるほどの存在、確かに存在している『かいち』という名の男。


「これって無関係ってことにはならないよな~」


 コーヒーの味など感じられないほど引っ掛かる。



**********



 二日後の早朝。朝の六時を知らせる携帯のアラームが寝室に鳴り響く。

 今日は柴崎隊長とある人物に会う。その人物とは、柴崎隊長と同格であり、叶の上司である存在、GSW四番隊の隊長冴島 穂乃果さえじま ほのかだ。


 理由は単純で、GSWにはそれぞれの隊に管轄が存在する。上の命令で実際に二番隊は第一区を、などと言われているわけではないが、隊長同士の暗黙の了解というやつらしい。柴崎隊長は意外にもそういったことには律儀で、第五区を管轄としている冴島隊長に筋を通しに行くとのこと。


「さて」


 隊長との合流は午前八時、二時間の間に準備を済ませるとしよう。




**********




 二時間後、GSW本局中央ロビー。


「――待たせた」


「おはようございます、柴崎隊長」


 どうやら普段と様子が違う。基本的に隊員はGSW象徴の白オーバーコートを身に着けるが、今日の柴崎隊長のコーデは高級感満載の黒スーツ。心なしかキラキラのエフェクトが見える気がする。


「今日はスーツを身に着けるべきでしたか?」


「お前はそれで問題ない。私の方はこの後別件で会議がある」


「なるほどですね」


 スーツについての解説を終えると、隊長は「付いて来い」と一言告げ、目的地へと歩き始める。

 やっぱり隊長からは恐ろしい重厚感を感じる。人間としての格が違うということを雰囲気から捉えることができる。

 この人と同じポジションに位置付ける女性隊長、一体どれ程の実力者なのだろうか。


 俺と隊長はエレベーターへと乗り込む。扉が閉まる寸前「待ってくれ~い!」という大きな声と共に、巨漢男がこちらへと向かってくる。


「閉めろ」


「ああ、ええ!」


 柴崎隊長からその指示があったが、俺は既に開くボタンへと体が反応してしまっていた。

 不幸か幸いか、巨漢男はエレベーターに間に合った。


「す、すみません柴崎隊長……」


 隊長からの返事はなかった……。


「いやぁぁ~、助かった助かった」


「し、志田ノ間総括! お、おはようございます!!」


 その人物を見てすぐに気が付いた。日本人離れした海外プロレスラーのような巨漢に丸坊主、その体にはとても似合わない優しいおじさんフェイス。GSW戦闘部隊一番隊隊長であり、戦闘部隊の総括を務める存在、志田ノ間 右京しだのま うきょう総括だ。


 俺は何となく柴崎隊長に強めの視線を送る。隊長は両眼を瞑り「フンッ」と鼻を鳴らし俺を無視した。


「シバちゃんのところには優しくて優秀そうな新人君が入ってきてくれてよかったよ~。おはよう中村四等!ワーハッハッハッハ!!」


「お、おはよう、ございます」


 かなり強めの力で肩を揺さぶられる。一見ただの面倒くさいおじさんだ。

 俺には信じられない。この刃物のような存在の柴崎隊長を「シバちゃん」呼び。試してみようもんなら即死だろうな。


「――志田ノ間総括、周りの迷惑ですので、一歩前にお願いできますか?」


「おお、そりゃそーだ。すまんすまん」


 巨漢を小さく丸め、志田ノ間総括、柴崎隊長、俺という異様な空間が完成した。エレベーターの扉が閉まると気まずさは一層増した。こういう時、一番下っ端である俺から会話を、


「今日は天気も良く……」


「――中村、喋るな」


「すみません……」


 一刀両断。俺の勇気は塵と化した。

 そんな俺を見て志田ノ間総括はニンマリと笑顔を作った。


「シバちゃんは何かと厳しいけど、他よりは幾分かマシだから頑張ってくれ!」


「ありがとうございます」


 ここで礼を言うのは変だった気もするが、何が正解なのかわからなかったので無視するよりかはよかったか。

 「他よりもマシ」その言葉に多少引っ掛かりは感じるが、確かにこの得体の知れない組織の中で、柴崎隊長は厳しさが異常なだけでマシな方なのかもしれない。

 彰の所属している五番隊に関しては、痛みが一番の教育となっており毎日傷だらけで帰宅してるみたいだし。


 俺達三人が乗っているエレベーターが、目的地に到着することなくある階に止まる。この空間にもう一人加わるということ。俺が乗り込む側だったとしたら、このエレベーターは見送る……。


「おっ、穂乃果ちゃんじゃないの~! どうぞどうぞ~」


「失礼します」


 透き通る美しい声、男臭かったエレベータの中に優しく程よい甘い香りが広がる。綺麗な桃色の瞳に、短く整えられた艶のある橙色のショートヘアー、特徴的な蝶のピン止め、そして志田ノ間総括が呼んだ名前「ほのか」、この人がGSW四番隊隊長、冴島 穂乃果さえじま ほのか





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