第17話 静かなる怒り


 堂島との密会を終え、俺と柴崎隊長は本部へと戻ることになった。

 泪奈への希望はこのふざけた液体のみとなり、俺の中で怒りが沸々と込み上げているのを感じる。柴崎隊長にもいくつか聞いておかなければいけないことがある為、前を歩く隊長を呼び止める。


「隊長」


「――――」


 返事がないのは質問は受け付けていないということだ。前を歩く隊長の雰囲気からも、先程のことでの質問は許してくれなさそうだ。だがここは多少強引にでもいくしかない。


「堂島との取引の件ですが、佐藤隊長を本当にハメるんですか?」


「――――」


 先程と同様に返事はない。

 口約束だけでとはいえ、さっきの隊長の感じは冗談ではなさそうだった。

 訓練期間中にもいくつか佐藤南雲についての噂は出回っていた。GSWの上の人間が佐藤南雲を排除しようとしている、佐藤南雲が命令を聞かず暴れ回っているなど。


 堂島との会話の中にもあったように、恐らく後者の噂は事実で、GSWもそうだがGエリアの堕者達も迷惑しているようだ。

 なんというか出会う人間すべてが怪物過ぎて俺では処理しきれない。


「私とお前はしばらく第五区を調査するぞ」


「はい?」


 口を開いたと思えば全く別の話。頭の中で様々なことを考えていたため、腑抜けた返事をしてしまった。


「南雲の件はもちろんだが、第五区の方も誰にも喋るな。部隊間での情報共有はGSWではありえない」


「わかりました。ですが……」


 俺は足を止めた。隊長は振り返りはしないものの、俺の様子に気が付き同じように足を止める。

 今俺はこの人に信じてもらう他希望がない。演じ切るしかない、柴崎恭弥という男にとって俺という人間が信頼における部下だということを。


「柴崎隊長、俺はまだこの場所について、現環境について知らな過ぎます」


「――――」


「俺は、俺は隊長の刃として強くなってみせます。その為にも、もっと詳しく多くのことをアナタに教えてほしい」


 まだ返答はない。


「隊長の為にも、俺自身の為にも、この隊に配属された以上俺は余計な真似は絶対にしません。隊長、俺を信じてください」


 本心か嘘か、俺ですらわからなくなってくる。だけど今この状況を利用しない手はない。俺は隊長や自分自身に嘘を付いても、この瞬間に信頼を得るしかない。

 黙ったままの隊長は、決死の俺の言葉に答えを出さず歩き始めてしまった。


「た、隊長!」


「――少し、時間をもらう」


 鋭い視線を向けてくる。『これ以上は時間の無駄だ』という視線だ。

 だが隊長から放たれる言葉は、俺にとって意外なものだった。


「お前のことを信用していないわけではない。役に立つかそうでないか判断するには、まだ早いというだけのことだ」


「それはっ……」


「今日はこの辺で納得しておけ。三日後は第五区に入る。今はそっちに全神経を注ぐことだ」


 これ以上の会話は藪から蛇だ。




**********




 “二日後、GSW高層マンション中村開智の部屋”


「それで、明日は第五区に?」


「ああ、また隊長と二人。二番隊の構成とかも教えてくれなくてさ、叶なんか知ってたりする?」


「さあ。私も自分のことで精一杯だもの」


 今日は冷たい日だ。半年以上の付き合いで叶についていくつか知れた。まず一番大事なのは、謎に冷たい日と、気持ち悪いくらい親身になってくれる日が存在すること。面倒くさいのは冷たい日ほど俺に接触してくること。


 今日も朝から部屋に押しかけられ、初任務がどんな感じだったか質問攻めされている。柴崎隊長からの念押しもあったので、ネオン街でのことは一切喋っていないが。


「叶の隊の隊長は、冴島さえじまさんだったっけ?」


「気を遣って無理に喋らなくていいわ、別に」


 話すことが特にないのなら、是非自分の部屋に帰ってほしい。なんてことは言えるわけもなく沈黙の時間が過ぎていく。

 コーヒーを啜り、焼き菓子を口に運び、時計の針を眺める。いや、もう叶が来て二時間が経過してるんだが……。


「さぁ、そろそろ我慢の限界でしょ?」


「はぁええ?」


 訳の分からない声が出た。叶は読んでいた本をテーブルに置き、ソファに横並びの俺の方へと体の向きを変える。

 女の子特有のいい香りとグレーの部屋着、まさか危ないシチュエーション? それに「我慢の限界」ってそいうことなのか?


 ――自然とだ、自然と瞼が閉じ始め、上唇と下唇に力が入る。前に居る美しい女性を求めるように少しずつ前傾に、


「――もう帰ってほしい頃だろうなと思って」


「ぐうぇぇ?」


 お花畑から獄辛ぺ〇ングへと突き落とされる。

 ゆっくりと目を開けると、普段と何一つ変わらない叶の水色の瞳が俺を下げすんでいた。


「いいんじゃない? 男の子なんだし」


「うるせっ。で何?」


 ぎりぎりなんとか誤魔化せたはずだ。薄目で叶を確認すると、

 ――誤魔化せた様子は微塵もなさそうだが……。


「隠してること、あるでしょ」


「え」


 隠していること、そんなもの叶だってあるはずだ。それにどれのことについて問われてるのか理解ができない。最有力はネオン街のことだ。だけど柴崎隊長からの警告もあった以上これを話すことは、たとえ叶だとしてもできない。


 まさかとは思うけど泪奈のこと? これもかなり確率は薄いはず。そもそも俺達は同期とはいえ、これまでなにをしてきたか何て知る余地もない。


 叶の四番隊も、他の隊を調べるように指示が出てるのか? もはや同期や仲間なんて言葉すらこの世界には存在しないのか?


「――開智かいち


「なんだよ! ……ぇ」


 最後に小さくそう零れた。初めて名前で呼ばれて、女性の柔らかな世界に包み込まれて、いい香りというよりかは、すごく心が安らぐ香りだ。俺は千波叶せんばかなうに抱き寄せられ、一人の女性の優しさに包み込まれた。


「きゅ、急になんだよ」


「――――」


 叶の小さく静かな呼吸、内に秘めた力を証明したいと躍動する鼓動。それなりの時間を彼女と過ごしてるけど、全部知らなかったものだ。

 ああ、だめだ。俺は彼女の優しさに甘えた。叶は望んでなんかないだろうけど、強く抱きしめ返してしまった。


「言っておくけど、襲うのはだめだからね?」


「うるせーよ。襲われたのは俺の方だ……」


 不安、恐怖、悪夢、この半年、俺の心の中には喜びや安堵なんてものは存在してなかった。心が修復されていく感覚が、この大量の涙となったのだろう。


 ――頼むから、気が付かないでくれよ……。


 

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