第14話 想像していた世界
寒い。まず最初にそう感じた。同じ日本とは到底思えない荒廃した世界。昔は立派に役目を果たしていたであろう大きな建物、今は見る影もなく骨組みが剥き出しになり、植物にその大半を覆われ、小動物達の巣窟になっている。
壁内は俺が想像していたよりも残酷な世界だ。ここに本当に同じ形をした生き物が存在するのだろうかと、」そう疑問に思ってしまう程だ。
ゲヘナがウイルス粒子が原因らしく、上を見上げても空を拝むことはできない。簡単に言ってしまえば曇り空のような世界が広がっているのだ。
右腕に装着されたデジタルアラートで時刻を確認すると、まだ午前10時。周囲の暗さや静けさだけで考えると、夜と言われても違和感はない。
「不思議な世界だろう――」
俺の様子を伺いつつ、柴崎隊長がそう尋ねてくる。よく考えてみれば隊長とこういった世間話を交わしたことがなく、隊長のそんな気遣いに少し驚き身体がぴくんと反応してしまった。。
「想像してたよりも、人が住めるような環境ではないですね」
「ここに住む者は
「すみません。まだちょっと信じられなくて……」
そう、この世界に住んでいる者達は人ではない。人の形をしているだけの化け物。何度頭にそう擦り込んでも、やはり脳をそう簡単に支配することはできない。人間の頭というものは、目にして、肌に感じて、頭で理解してようやく成り立っている。言葉や映像で教わっても、脳はより経験が多いものを信用しようとする。
「お前もすぐにわかる。この世界の恐ろしさと残酷さがな」
恐ろしい程の冷徹な声で、隊長は俺にそう忠告し歩みを再開した。
隊長との貴重な会話時間。この人は俺にそれほど興味がないはず、ここは俺からなんとかこの貴重な時間を繋ぎ止めたい。
「柴崎隊長、いくつか質問してもよろしいですか?」
「内容による。幹部格しか知り得ない情報、お前に必要のない情報、くだらん会話は受け付けない」
淡白で少し圧のあるその言葉、あまり多くは期待できないな。まずは新入隊の人間が聞いてもおかしくないような質問からいくか。
「我々二番隊の最終的な目標や存在意義は何なのでしょうか?」
「座学で学んだろう。我々の目的はこのGエリアの奪還だ。それ以上もそれ以下もない」
その言葉で納得しろ、そんな圧が加えられた隊長の言葉だ。だが、納得できるはずがない。ここまで来て俺は下っ端のままで終わるつまりはない。
「隊長、それは——」
言っていいのか、こんな言葉。
俺の質問に嫌気がさしたのか、隊長が歩みを止める。
「中村」
「はい」
「私の隊に迷う奴は必要ない。お前は迷う為にGSWに入ったのか? 迷うことがなかったからここにいられるのだろう? 迷う人間は迷った時点でそこまでだ。答えが出ないのならそれが間違いだとしても己で正せ。その為に必要なのが力だ」
視力も色も覇気も失っているはずの柴崎隊長の右目。俺の心に、頭に彼の視線が突き刺さる。強くその生命力を突き付けてくる。
そうだ。俺は俺の意思を正す為にここに来た。泪奈を救うという意思。何度もしつこくそう考えてるのに、なぜ俺はまた迷う?
弱いからだ。力がないからだ。
「俺はGSWの目的でなく、この二番隊の目的を貴方に聞いています」
「————」
三秒、いや五秒以上隊長と視線が合う。互いに一言も発することなく。
最初に口を開くのは隊長だった、
「お前は私の強さをどう思う?」
「え、それは……」
予想外な言葉に即答することができなかった。言葉を詰まらせる俺を待たず、隊長が続ける。
「私にもGSWの全勢力がどの程度のものかなど、計り切ることはできない。ただひとつ確信してることはある」
その先の言葉がわかるか? と問いかけてくるように視線を向けられたが、その答えがわからない俺は首を横に張った。
「GSWの全勢力を集めれば、Gエリアの奪還など簡単なことだということだ」
「……?」
俺は瞬時にその言葉の意味を理解することができなった。
隊長はそんな俺の様子を見て、ため息に近いものを吐き出し言葉を続ける――、
「確かに堕者の中には恐ろしい力を秘めた者も存在する。私のこの右目を奪った奴もその中の1人だ。だが奴らは進化しない。科学も剣術も。それに比べて我々人間は進化していく」
隊長の歩みが再開され、俺は話を黙って聞きながら、その歩みについていく。
「では何故ここを本気で取りに来ないか、それがわかるか?」
正直それは俺も何度か考えた。身体も剣術も科学も進化していく人間に、満足いく環境とも言えないこの場所で暮らす感染者達が勝てるはずがない。
例えゲヘナの力が人間の限界を超越させるとしても、それは稀なことで結局は時間の問題。
隊長が言うように、何故GSWはこのGエリア奪還を本気で行わないか、それは――、
「——バランス、ですか?」
「まともな答えで安心した」
あまり自信があったわけではないが、落ち着いたままの隊長の口調や様子からして、限りなく正解に近い回答をすることができた。
そしてバランスとはつまり、人間と感染者の調和。壁の外の世界の人間はゲヘナの脅威をそれほど知らない。もし仮にこちら側が下手に動けば、感染者達が勢力を上げて壁の外に戦争を仕掛けることだって考えられる。それらのイレギュラーを防ぐってことか。
感染者達の勢力、俺は全くの無知だがこの人はいくつも経験を経てるはず。知っておくことに損はないか。
「感染者達って、いくつかの集団に別れてるんですよね?」
「ああ。五つだ」
「その、こんなこと聞くのはどうかと思うんですけど、隊長に傷を負わせたヤツって……」
「奴はどのグループにも属してない。文字通り孤高の存在だ」
属してない? 俺にはあまり意味が理解できなかった。この壁内でどこかに属さず生き抜いている存在がいるのかと、俺は再度周辺を見渡した。
どう考えても絶対に不可能だ。生きるのに必須な水や食料の確保、法など存在してないこの世界じゃ一人はメリットがない。考えただけでその存在の強さがわかった気がして、俺の全身の毛穴が震えた。この目にしたこともないのに。
「奴は常軌を逸してる。全くの別格で、最後に目撃したのは五年も前だ。お前が相当運に見放されていない限り、遭遇はない」
安心、していいのだろうか? とにかく壁内は常識が通用しない。正直俺の剣術が通用するかもわからない。
いや、通用するはずがない。天と地の差がある俺と隊長、その隊長に致命傷の一撃を喰らわせる程の存在がここには居るんだ。
両手両足、顔の筋肉までもが震え始める。
「よし、到着だ」
小さなパニックに陥っていると、隊長がそう言い歩みを止めた。どれほど歩いたのか、どこに向かっているのか、何も考えられなくなっていた。
「そういえば目的地は……。え」
「今日の見回りは偽りだ。お前にはこいつの相手をしてもらう」
血の匂い、腐った匂い、咀嚼音、臓物が地面に落ちる音。全てにおいて吐き気を覚える。
「ぐぅぅぅわぁぁぁぁ!!!」
鎖に繋がれた
——殺してやると。
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