ゲヘナに堕ちる

青柳 柊

序章

第0.5話 Gエリアの黒い死神


 ”五年前の2015年東京都Gエリア第六区”


 雨がぱらつき、空は黒く濁り、時間という感覚を奪う薄暗さ。そんな空の下で、二人の男がその違和感に気が付き始める。


「――何かこっちに来る」


 紺色の整えられた頭髪が雨に濡れ、黒縁メガネに水滴が落ちる。独り言のように小さな声でそう呟いた男は、パッと見るにまだ二十代にも届かぬような若い青年。だが、自信と勇ましさが溢れている。


 そんな青年の後ろでもう一人の男が胸元に装着した無線機に問いかけながら慌ただしく動いている。


『し、、ぁぁぁ――ッ』


「もしも~し、おいおい聞こえるか~? 本部ゥー」


『――――』


 無線機からそれ以上何か流れてくることはなかった。あたふたしていた男は、機械の取り扱いに慣れていない様子で、音沙汰無くなった無線機をつまんだり引っ張ったりと意味の無い行動をして見せる。


「だ~めだ柴崎君。俺こういう機械苦手みたいだァ。隊長失格とか思わないでね~」


 前方で一人遠くを見つめる紺色髪の青年、柴崎という名の彼に抱き着く巨漢の無線機壊し隊長。柴崎は無線機を破壊し落ち込む隊長を横目に、再度前方に視線を戻す。


「志田ノ間さん、オレ達に何か近づいてくる」


「だめだよどうせ俺は。こんなに小っこい無線機すらどうしようもできないんだから」


 『無線機壊し』『隊長』、巨漢なのにも関わらず、無線機を壊したショックにより、部下である柴崎に涙を浮かべながらしがみ付く男の名は志田ノ間。今この場にはこの二人しか存在しないものの、隊長と呼ばれる所以は複数人の部下をまとめ上げる部隊の長をしているからであろう。

 二人は真っ白のオーバーコートを身に纏い、腰には刀のような形状をした武器も所持している。まさに戦闘部隊だ。


 ――空気がまた変化する。


「――これはなるほど」


 異様な空気感にさすがの志田ノ間も目の色を変える。柴崎の肩を叩き、彼よりも一歩前にその巨漢を構えた。


「ブレードを抜け柴崎、こいつァ結構な化け物かもしれん」


「ええ、五分前からそのつもりです」


「いらんことを……」


 柴崎も茶々入れで返答して見せる。

 二人の前方、黒い霧の中から何かがゆらゆらと近づいてくる。足元のみが鮮明に見え始める。靴を履かず、細く痩せ焦げた2本の小さな足。爪が捲れ、かかとや指先からは少量の出血すら確認できる。


 そんな存在を視認した二人は、腰に装備したこれまた真っ白の鞘からブレードを一気に引き抜いた。甲高い機械音を発しながら引き抜かれたブレードは、空気に触れたその瞬間から青い光を放ち始めた。ただの刃物ではないことは素人でもわかる。


「四番の合わせで行くぞ柴崎」


「――了解」


 まだ相手との距離は十メートル程ある。恐らく相手からも青く光るブレードも認識できる距離、あろうことかソレは歩みを止めず二人に近づき続ける。

 黒い霧は最初からそこに存在していたわけではない。そう――、


「こ、こいつ霧を纏ってやがる」


 志田ノ間がそう呟く、そして柴崎も続く、


「いや、あれは霧じゃない。体内では収まりきらなかったゲヘナが全身から溢れ出ています。志田ノ間さんこれは普通じゃ――ッ?!」


「柴崎ィィィ!!」


 本当に一瞬の出来事、十メートルは確実にあったはずの距離、二人はソレから目を離すこともなかった。それなのにも関わらず、


 ――GSW63期首席入隊、創設史上最強の新入隊と謡われた柴崎恭弥しばさききょうやは、利き目である右の眼球に鋭利な鉄の廃材を突き刺された。


「――小さな篝火に日が六つ」


 霧を纏った怪物はそう呟いた。


 ――2015年、黒い霧を纏うGエリアの黒い死神麒麟とGSWに認定される。

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