アートギャラリー
今宵詠まれるこの場所は、
廃墟の街のアートギャラリー。
博識ぶる客の群れ、
息を殺してやって来る……
意識の空に広がる
陽に燃える海を掻き分けて。
スファレライト製の髪を
グシャグシャにした老年男、
不幸の仕草で飛び出して
私の知らない言語で
私の指を飾る指輪に語った。
偶然隣にいた御婦人によれば、
「知らないふりをする」という、
誰もがやり慣れた癖に
誰もが認めたくないらしい
そんな身勝手な身軽さが、
この廃墟の街を彩っているのだ。
……それが、老年男の見解らしい。
激しい雨を防ごうともせずに
泣いて、泣いて、泣いている。
精神の
顔を紅い月に向けながら私に言う、
人類が誕生する遥か以前に
神の恩寵はあったのだろうかと。
……
ちょうどその時、鶏が三度鳴き
ギターの柔らかなストラムが、
二万四千マイル先の魔女の小屋から
小羊の産声
先刻老年男の通訳を買って出た
アメジストの瞳の御婦人が、
ギャラリーの支配人の影を
私の元にやって来て、
矢継ぎ早に次のように言った。
理性のタンブリンを
戦争の親玉には容易いということ。
濡れたままの毛布で
体を温めることはできないこと。
良識に鏡を当てれば
上下左右全てが
ハーモニカを奏する時でさえ
息継ぎが必要であるということ。
譜面は過去の足跡でしかないこと。
優しさの雪は熱に溶けてしまうこと。
どんなに薔薇が美しくても
美のイデアには成れないこと。
願い事は流れ星の中にではなく
人の心の中にあるということ。
裁きの日の行く末も
人の心の中にあるということ。
私の
無言の眠りとなって
永遠に、永遠に続くということ。
この街がやがて、
神の御前に於いて、黒く、黒く……。
廃墟の街のアートギャラリー。
ガラスの靴が夢の腱を切り裂き、
園庭の中心にある光の噴水から
おお、私の瞳は再び捕らえた……
後悔の服を着た篠突く雨の中
君の魂がギャラリーの一隅に独り、
まるで私の人生のように
ひたすら小さく、
小さく佇んでいる、その姿を。
そうだ、きっと、明日も、雨。
廃墟の街の、憐憫の、雨。
夜が明ければ、君は見るのだ……
このギャラリーの人々の顔が
私のそれと ────
死のケロイドに焼けた私の顔と、
とてもよく似ていることを。
ターナーの描いた水都の中に、
それを目の端で捕らえた私は、
吸いかけの煙草を無造作に擦り付け、
崩れた
小火が
やがてギャラリーが火の海と化すのを、
ただ黙って、ぼんやり眺めていた……。
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