独法師は形影相弔う
立花くろは
プロローグ
この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。
フィクションとしてお楽しみください。
「好きです……!」
人生で初めて告白されたのは、大学生の頃。
大学生になれば、高校生と違って常にお洒落な人が周りにいるようになる。
これが本物の一軍という集団なのか。なんて思いながら日々過ごしていけば、当然キラキラした人たちだから常に目に入る。そんななか、告白してくれた彼は、人一倍キラキラとした存在だった。
「え……私、ですか?」
「はい。清水さんです」
「えっと……私たち、どこかでお会いしましたっけ?」
「毎日会ってると思います」
彼が毎日会っているというのは、帰りの電車がいつも同じだから、その事を言っているのだろう。
目を合うこともなかったし、名前すら知らない。それなのにどうして名前まで知っているんだろうって疑問に思った。私は基本、一人でいることが多い。名前を呼ばれることの方が少ない。そんな私の名前を知っているだなんて、ときめく以外の心の動きは感じられなかった。
「付き合うことを前提に、友達から始めてくれませんか?」
何とも断りづらい告白をしてきたもんだ。
ここで断ったら、彼との関係は今以上になくなってしまう。でも彼のことを好きなのか訊かれたら、きっとそれは違う。でも、たまには流されてみるのもいいのかもしれない。名前と、キラキラとした人としか知らなかった彼の中身がどんな人なのかも気になったし。
「はい。こんな私でよければ」
断れるとばかり思っていた彼の表情はみるみる明るくなり、花が綻んだように笑う彼を見た私の胸はトクンと音を立てた。
友達になった私たちは、当然だが今までが嘘みたいに一緒に居る時間が増え、そのなかで彼がとても優しいことを知った。でも、優しさなんて最初だけでしょ。と思っていた私の考えとは違って、彼は根っからの優しい人だった。そして押しにも弱い人だった。
性格自体が明るくなかった私にとってはそれが良くて、彼と恋人になるまで時間はかからなかった。
一緒に居るのが当たり前になり、居心地の良さを更に知り、きっと彼とはずっと一緒に居るんだろうなって。そう思ってから料理教室に通い、手料理を振舞って。いつしか同棲を始めて、月に一回彼の好きな料理を作ってあげて。ずっと一緒に居るんだろうな、じゃなくて、ずっと一緒に居たい。と願うようになってから数年が経った頃。仕事で理不尽なことが増え、明るくなかった性格がもっと明るさを失くしていた。
夕食を食べ、お風呂にも入り、寝る前にぼーっと何のテレビなのかも分からないテレビを見ていると、ピタッと私にくっついてきて恋人繋ぎをしてきた。
「最近どう?」
「なにその質問。突然だねぇ」
「下手だった?」
「ちょっとね。どうしたの?」
「……こっちの手、貸して」
繋いでいる方の手をグイッと引き寄せられ、じっと左手を見られている。数秒なんてもんじゃない、何分ともうずっとそのまま。
「弘樹? そんなに見られると穴開いちゃ……え……?」
ずっと一緒に居たい。お互い年取って、命を全うする日まで穏やかに暮らしたい。
今の職場になってその気持ちが強まり、この関係にもっと重い名前が欲しいなんて思っていた私の左手の薬指には、キラキラと光った指輪がはまっていた。
「俺と、結婚してください」
嬉しい。
ただただ、嬉しい気持ちしか生まれなかった。
「はい……」
返事をした時には既に号泣で、ちゃんと声に出来ていたのか分からない。ただ、滲む視界のなかで見た弘樹の笑顔が物語っていて。頬に伝う涙を指の背で拭ってくれたあと、優しく私を抱き寄せた。
「これからもずっと、私の傍に居てね」
私も幸せになっていいんだって。これからどんなことがあっても頑張っていけるって、そう思っていたのに。
──浮気はどこから?
というよく見かける質問があるけれど、隠れて二人で会ったらとか、キスをしたらとか、体を重ねたらとか色々あるけれど、結局それらは現場を見ていないとそういう判断には至らない。
正直浮気って、知らないニオイをつけてきたらだと私は思う。
勘の鋭い女なんかになりたくなかった。営業先で匂いが移ってきたんだ、なんて鈍感な女でいたかった。
生きている環境のせいか、そういうのが知らない間に身についていて、それを自覚する度に生きづらいと、何かがすり減っていく感覚を覚えていた。
そして最初に出てくる感情は──死にたいだった。
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