引き金を引く者

「どうしてそうなったの?」


僕は疑問符を浮かべながら、僕の腕に幸せそうに腕を絡めているトーカさんを見て呟いた。


事の発端は昨日だ。

トーカさんに電話をして、詳しい説明は省きながら護衛をお願いしたい旨を伝えた。

その結果、トーカさんが直々に護衛をしてくれることになったんだけど・・・もう一度言おう。どうしてそうなった?


待ち合わせ場所はいつも行く駅前のデパートだったわけだけど、何故かそこにはめちゃくちゃ気合いを入れてメイクをしているトーカさんがいて・・・そのまま学校までの道のりを一緒に歩いてたら、何故かトーカさんに手を組まれてしまった。


傍から見たら、超絶イケメンピーポー高校生とと大学生くらいのお姉さんのデートにしか見えないだろう。


・・・でも待てよ、護衛っていうんだからやっぱり護衛対象のすぐ側にいる必要があるなら、こうやって腕に引っ付いていつでも守れるようにしておいた方がいいんじゃなかろうか?


つまり、こうやって腕を絡ませているのも、手を繋いでいるのも、だらしない顔を見せているのも全てトーカさんの作戦なのでは?


そう分かった瞬間、トーカさんのあまりにも計算された作戦に、僕は戦慄した。

それなら僕はもっとトーカさんに近づくべきだよね。それなのに恥ずかしがってむしろ距離を開けていたさっきまでの自分が恥ずかしい。


「さすがですトーカさん」


「・・・へ?ま、まぁな。あ、あと、こうして腕を絡ませているのは私の作戦だ、だから気にしなくていい・・・本当だぞ!!」


「分かってますよ、流石です」


慌てたように僕の顔を伺うトーカさんに、思わず尊敬の念が湧く。なるほど、僕の心身も心配しつつ、僕に危険が迫っていないか確認するその精神力。やはりトーカさんはプロだ。


僕は素直にトーカさんに尊敬の念を抱きながら、学校まで一緒に歩いていく。ちなみにバッグは普通のを新しく買った。防衛機能は着いてないけどめちゃくちゃ軽いし、トーカさんがいる以上心配はないと思うからね。


「に、にしてもあれだな。今日はいつにも増して可愛いな・・・」


「かわ、いい・・・ですか」


なんだろう、ちょっと凹む。

僕男なんだけどなぁ。でもこの前も男にナンパされたし、もしかしたら僕の顔は実はカワイイ系?───いやいやまさか!僕はかっこいい系だよ、うん。


「っ!?い、いや違うんだ!可愛いというよりその、いつもより顔が良いと言えば良いんだろうか」


落ち込んだ様子の僕を見てか、トーカさんが慌てて否定する。


「いつもより顔が良いですか?」


「他にいい言い方がないから、それで合ってるのか分からないがな」


ふーん、へーん、ほーん。

なんだろう、めっちゃ嬉しい。


まぁ?僕の顔がいいのはいつもだけどね?

でも口に出されると嬉しいのは当たり前だよね。


「ちょろいな・・・」


「え?今なんて言いました?」


「いや、なんでもないさ」


僕から視線を逸らすように呟いたトーカさん。

その後ろでは自転車を漕いでいた女の子が、ボーッと僕の顔を見つめながら側溝にタイヤをはめて転んでいた。


真横にいた女の子同士のカップル?は、片方が僕を見つめたかと思うとじっと僕を見たまま、まるで時が止まったかのように動かなくなった。

パシン、と乾いたビンタの音が響く。


ビンタされた女の子は地面にめり込んでいた。


それ以外にも何故か電柱にぶつかる人や、持っていた荷物を落としてしまう人、双眼鏡を持ちながら2階から転落する人など、多種多様な事故が多発する。


「今日、なんか事故多いですね」


今日はどうも様子がおかしい。

いつもよりめちゃくちゃ視線感じるし、何故か視線を寄越す人に限って事故を起こしてる。


もしかして僕、疫病神?

それとも僕の顔が良すぎて皆注意力散漫とか?

いやいやまさか、漫画じゃあるまいにそんなこと起こるわけない。


「・・・自覚がないとは恐ろしいな」


この後僕達が学校に着くまで───否。学校の敷地内に着いてからも僕の周りで起こる惨劇は続いた。


敷地内を進んで暫く、ようやく学校の校門が見えてきた。

トーカさんは相変わらず僕の腕に抱き着いたままである。結構キツい体勢のはずなのに、一切ブレることなく抱きつける・・・流石です。


でも学校の中まではさすがに悪いから、ここまでにしてもらおう。


「ここまでありがとうございますトーカさん!校門までで大丈夫ですよ」


「む、そうか。ここまででいいのか、少し名残惜しいな」


「急な頼みなのに聞いてくれてありがとうございました!」


「・・・っ、まぁ湊くんの願いだからな?聞かない訳にはいかないさ」


そう言うとトーカさんは、顔を朱くさせながらふふっと笑みを浮かべた。

トーカさんは本当に大人な人だと思う。仕事が忙しいはずなのに僕を優先してくれるし、まるでそれを当たり前のことのようにこなしてしまうし、本当にカッコイイ人だ。


まぁ?かっこよさでは負けてないけどねっ!


「それじゃ、また後で迎えに行くからな」


「はい!気をつけてくださいね?」


「ふふっ、勿論さ」


踵を返して、背中を向けて手を振るトーカさんに手を振り返しながら僕は校門をくぐった。

柔らかい太陽の日差しは、入学した時から変わらず照らす。異常な程長く咲き続ける桜の花びらが、鼻腔を優しく擽った。


これ以上ないくらい最高の天気だ。


・・・この視線さえなければ。


「みなとくぅん?なぁ、さっきの女は誰かなぁ?」


「即時、白状して。あの女の人と話してた理由」


視線の先には、驚くほど冷たい視線を僕に向ける遥と雫がいた。


「あー・・・えっと、遥さんと雫さん?今の人は僕の護衛をしてくれるようになった人で・・・」


「ふーん?つまり湊は、私たちより何処ぞの女を頼ったと?」


「湊の私たちに対する気持ちが伝わった」


「うっ・・・許してもらうには、僕はどうすればいいかな?」


間違いなく、二人は怒っていた。

多分二人じゃなくてトーカさんを頼って、かつ二人に何も言わなかったから怒られてるんだよね。

きっと僕も遥と雫が僕に頼らずに誰かを頼ってたらちょっと寂しいし、言ってよー!ってなると思う。


だから僕がすべきことは弁解じゃなくて、どう償えばいいかだと思う。


「「今なんでもするって?」」


「言ってない言ってない」


「ちぇっ、なんだよけちぃ~」


「でも私たちがしっかり湊を守りきれなかったのも事実。また湊が被害を受ける前に護衛官を雇うのは賢明」


「確かにそうだけどよ・・・でも、あんなにくっつく必要あったか?」


「否定。全く必要性を感じられない密着感」


どうやら二人は僕とトーカさんがあんなにくっついてまで護衛される必要はあったのか、疑問に思ってるようだ。


ふっふっふっ、まだまだだね二人とも。


「それはきっと、僕が女の人からいきなり襲われても対処できるようにだよ」


「なら尚更くっつく必要なくね?」


「肯定。あれはむしろ行動の阻害をしているレベル」


・・・そうかもしれない。

い、いやでも!僕はトーカさんを信じようと思う。

だってわざわざ僕を護衛してくれたんだし!信じない方がいけないと思うな、うん。


「って、なんで二人とも顔逸らしてるの?ちょっと傷つくんだけど」


「いやまぁ・・・ちょっとな」


「いつにも増して、顔が良い・・・直視できない」


「え?へへ、そうかなぁー!」


「うっ・・・だめだ、目に入ったら死ぬぞ雫」


「理解済み。よって私は既に目を閉じている」


・・・なんだろう、褒められてる気がしない。


───

──


米倉 トーカside。


「さて、場所はここでいいかな、君たち」


トーカが湊と別れ、広場の大きな公園で立ち止まると、突如後ろを振り返ってこう言った。

彼女の周りには誰もいない・・・ように見える。

だが滲み出る殺意は隠しきれていなかった。


───ヒュッ。


という空気を割る音ともに、細身の鋭利なナイフが無防備なトーカ目掛けて飛来する。数秒後にはトーカの柔らかな肌を抉り、真下の草花を赤色に染め上げかけないほどの投擲。そこに人を刺すという躊躇は見られなかった。


そしてその人物の思い描いた未来図の通り、あわやトーカにナイフが突き刺さるかと思われた時───ギュイン、とナイフの軌道を逸らす者が現れた。


「先輩、助太刀に入ります」


予め場所を決めていたのか、応援として新米警官である相良が小太刀を構えながら、周囲を睥睨する。


「待っていたぞ相良。これで準備は整ったな・・・キリキリ吐いてもらうぞ、邪教徒ども」


その呟きが戦いの始まりだった。

木の影から一人の女がトーカに向けて肉薄する。手に持つのは大物のナイフだったが、トーカはそれを危うげもなく回避。そして女の進行方向に足を出して転倒させた。


「ッ!?ちっ」


しかし転倒した女に追撃を入れようと近づいたところに、今度は縫い針よりも細い鉄針がトーカの首元を狙う。


軽い舌打ち一つ、バク転をするように避けて鉄針の被弾を免れた。


埒が明かない。

そう嘆息したトーカは、懐から麻痺弾を取り出した。

これは殺傷性はなく、当たったものの神経を麻痺させ昏倒させる護衛用の銃だ。球は細長く小さいため、当たりどころが悪くても大事には至らない。


相良の小太刀には似たような性質の麻痺毒が塗られており、傷口一つ作られてしまえば、暫くは夢の世界から出てこられない。


トーカは銃口を構え、先程鉄針を飛ばした方向へ照準を定めた。そして、引き金を引く。


───パァンッ。


軽い音と共に、茂みの奥で倒れる音が聞こえた。

気配から察するに残りあと八人はいるだろうか。


未だに隠れているであろう茂みの奥に視線を向けた。すると、また茂みの奥から先程とは別の得物を持った女が突貫を仕掛ける・・・が。


「ぬるい」


下から腹を突き刺すような軌道で放たれた得物は空を切り、その代償として女は投げ飛ばされた。


「グッ!?」


「さっきからずっと湊を見ていたのは貴様だな?まんまと作戦に引っ掛かってくれて助かったよ・・・それでは、おやすみ」


地面に落ちた得物を蹴り飛ばし、銃口を突きつける。

女は絶望したような表情でトーカを見つめていた。


そして───ドパァンッ。


これで二人目・・・いや。

ふと相良の方を見れば既に二人の女が地面に倒れており、現在もう一人の女と格闘していた。

だが額に汗が浮かんでいるあたり、だいぶ余裕はなさそうだった。


相良もトーカが見つめていることに気がついたのか、同じく小太刀を持った女と相対しながら声をかけた。


「せ、先輩!この人数何とかなるんですか!?」


「何とかなるんじゃない、何とかするんだ」


「でも!このままでは───」


助太刀に入ったトーカだが、まだ実戦経験は薄い。

こういった手合いと交戦すること自体稀なので仕方ないことではあるが、如何せん戦いになれていないようだった。


故に、諦めの感情が顔に浮かんでいた。


そんな相良を少し失望したような面持ちで、トーカが話し出す。


「いいか、私たちは警官だ」


その後ろから新手がトーカの首に手をかけ、そのままナイフで首を掻き切ろうと忍び寄る。

しかし、そんなことはお見通しとばかりに、振り向きざまにトーカの銃弾の音が響いた。


これで一人。


「だから諦めることは許されない」


そして、こっそりと木の上で様子を伺っていた女にも銃口を向けて発砲した。その銃弾は見事女の肩に命中し、落下させる。


だが既にトーカは別の標的へと視線を向けていた。


「市民を守ることが私たちの使命だからだ」


トーカから見て十時の方向に、銃を構えた女が震える手で銃口をトーカに向けていた。どこで仕入れたのかわからないが、おそらく実弾だろう。


───ズダァンッ。


トーカの持つ銃とは違う重苦しい音が響いた。

銃口の先にトーカは・・・いない。


それもそのはず、銃口がトーカを捉えていた時には、既にトーカは身を屈めて上滑りしながら銃を構えた女に突貫していた。

その結末が指し示すはただ一つ。


構えた女がトーカによって気絶させれたことだけ。


「それに言うだろう?───諦めなければ何とかなる、とな」


そして、相良が相対してる相手を除いて、最後の一人の女が自棄になりながら襲いかかってきた。

手には何も持っていない。徒手空拳で戦うタイプだろうが、トーカには関係のない話だった。


トーカは接近してくる女を見ながらも、落ち着いて冷静に引き金を引いた。


「ほら、な?」


「・・・バケ、モノ」


「む、失礼な。私は充分人間だよ・・・君たち邪教徒とは違ってね」


意識朦朧としながら呟いた女の声に反応しつつ、相良と格闘している一人の女に向き直る。

もはや相手は限界というように呼吸を荒げているが、反転して相良は冷静だった。


「ァァァっー〜!!」


「ふッ!」


残り一人になり、勝ち筋が見えないと判断したのか、逃げようと踵を返す女に相良は突進。

大鎌を首元目掛けて振り下ろすように首に手を回し、麻痺毒に濡れたナイフを、血の通った首筋に突きつけた。


まるで、いつでもお前も殺せるぞというように。


「よくやった相良。流石は私の後輩だ・・・さて、話を聞こうか。邪教徒が、お前らの目的はなんだ?まさか・・・湊を狙っている、というわけじゃないよなぁ?ほら、早く───」


抑え込まれて無防備な女に向けて、トーカは嗤いかけた。


「答えろ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る