お姫様抱っこ
「私は───許せない、です」
「・・・うん、そうだよね」
さんざん悩みながらも、彼女が出した答えは・・・許さない、という答えだった。
正直、僕もそっちの方がいいと思う。
スマホを触っていただけなのに痴姦の疑いを掛けられて、そのまま警察に連れていかれそうになったんだもん。
怖くて仕方なかったと思う。
トーカさんも「そうだよな」と頷いていた。
肩に抱えている二人はその答えを聞いて、もはや暴れる気力もなさそうにぐったりとしていた。
事件は解決した───と思っていた。
「ま、待ってください!」
「ん?どうしたの?」
「なんだ、まだ話したいことがあるのか?」
このまま取調室の奥まで連れていこうとしていた矢先に、女慰さんが慌てたように声をあげた。
「ん?どうしたの?」
「なんだ、まだ話したいことがあるのか?」
「そ、そうです・・・その、確かに私は許しませんし、許したくないです。けど・・・そんなことをした理由を聞いてから、本当に許すか許さないかを決めたいです」
そう言って僕に担がれる2人を見た女慰さんは、覚悟を決めた表情をしていた。
大丈夫なのかな?
「いいの?」
思わず女慰さんに僕も問いかける。
「大丈夫です」
意思は固そうだ。
それを聞いて、僕は男の人たち二人を床に下ろした。
「話して、くれますか?」
じっと男の人たちを見つめ、理由を話してくれるように促す女慰さん。
男たちは暫く逡巡したかと思うと、躊躇いがちに話し出した。
「じ、実はその・・・俺には娘がいるんだ」
「・・・私にも可愛い娘がいます」
どうやら男性二人には娘がいるらしい。
躊躇いがちに言うあたりなにかありそうだよね。
「でも、でもよ。娘は体が弱くてな・・・一応治療は出来るみたいなんだが、えらく高いんだよ」
「私もこの人と一緒です。高い治療費を払おうと、私の妻は夜遅くまで働くようになりました。しかし・・・」
「俺もそいつの奥さんも、帰り道に男性
二人とも同じ境遇をしていた。
しかも最悪な一致だ。
このことを話す彼らは話すだけでも苦しそうで、所々躊躇いながらも話してくれた。
「絶望しましたよ。いくら月々に何十万円も入ってくるとはいえ、娘の保険の適用は微々たるものです。それに妻も加われば、到底賄える金額ではありません」
「働こうとしたんだよ、俺達も。けど、どこの場所に行ってもこの歳になったら働かせようとしてくれなくてな」
「ようやく働かせてもらえると思って言った場所は、セクハラが酷くてですね・・・でも、それでもめげずに頑張っていたんですけど」
「急な金が必要になってな・・・今からどうやっても間に合わないし、到底払える金額じゃねぇ・・・けど、やるしかないだろ?」
だから・・・。
「だ、だから私を痴姦に見せて・・・お金を巻き上げようとしたんですか?」
「あぁ、そうだ。これは俺たちが勝手に考えて、勝手に仕出かしたことだ」
「私たちの家族はこれには本当に無関係です」
自分たちの家族を庇うように、自分達が主犯であると告げる2人。
この2人は本当に家族想いな人なんだと思う。
必死にお金を稼いで、セクハラに耐えて・・・それでも家族のことを思って働き続けたのに、もっと多くのお金が必要になって・・・。
僕なら絶望していたと思う。
だから彼らも、最終手段として痴姦の冤罪でお金を巻き上げて、少しでも医療費の足しにしようとしていたんだよね。
「・・・そうですか」
女慰さんにも感じ入ることがあるのか、しみじみと二人の言葉を聞き入れる。
「だからと言って痴姦の冤罪を仕立てようとするのは、いくら男性でも許せない。しかし、私も人の子だ・・・仕方ない、とは言えないが気持ちは分かる」
「僕も気持ちは分かります。僕の家族が病院に入院してお金が必要になって・・・でもどうしようもない、なんて事態が起きたら、僕は手段を選ばずにお金を稼ごうとしていたかもしれません」
痴姦は許せないし、許されるべきじゃない。
けど、2人の気持ちも分かってしまう。
女慰さんは目を閉じ、しばらく何か考えたあと口を開いた。
「そうですか・・・私は、あなた達の意志を尊重します。自分達が捕まる覚悟で、家族のためにそこまで出来る精神です。しかし、軽蔑もします」
「あぁ分かっている」
「褒められた行為じゃないでしょうね」
二人とも自身の行いを恥じるように、諦めたように笑った。
「・・・お金が必要なんですよね?」
「必要だな、それもかなりの」
「何年も働かないといけない金額です」
男性が何年も働かないと行けない金額。
いったいいくら必要になるか僕にも想像はつかない、けど莫大な
金額であることは何となく分かる。
諦めた表情を浮かべた2人とは対象的に、女慰さんは口を開いてこういった。
「そうですか・・・では───私のアシスタントとして働いてみませんか?」
「・・・あんたのところで?」
「私たちがアシスタント、ですか?」
女慰さんが告げた言葉は、仕事の凱旋だった。
その言葉に、二人とも疑問符を浮かべている。
「私、ブイチューバーやってるんです。けど、結構人気になってきて、スタッフだけじゃ足りなくなってきたので・・・近々募集しようと思っていたんですけど、貴方たちが働くなら丁度いいかなって」
・・・あ、本当に配信者やってるんだ。
それも結構人気なブイチューバーらしい。
二人の瞳に希望が宿る。
「い、いいのか?」
「は、はい」
「本当に?」
「本当です」
・・・それって、2人を許すってことなのかな?
女慰さんの返事を聞きながら、詰めるように女慰さんに近づく二人。
少し怖がってたから、その間に入って遮断する。
「そうか・・・それが君の選択なら、私はとやかく言わない・・・が、本当に良いのか?その2人を許して」
すると、今まで静かに聞いていたトーカさんが、僕も気になっていたことを聞いてくれた。
・・・だけど、それを聞かれた本人はポカンとした表情をしている。
「えと・・・私、この2人を許すつもりはないです」
「「えっ?」」
「ですけど、それだと娘さんと奥さんが可哀想なので・・・そのお金が貯まるまでは、うちで働いてもらいます。痴姦冤罪に関してはその後・・・ですね」
納得した。
確かに女慰さん自身は怖い思いをしたし、冤罪自体は許されるべきじゃない・・・けど、娘さんと奥さんに罪はないもんね。
「アーハッハッハ!!そうかそうか、分かった!では私の連絡を渡しておこうか。私は一旦この2人を預かっておくから、ある程度の準備が出来ればここに連絡してくれ」
そう言ってトーカさんが手渡したのは名刺のようなもの。
普通の警察官ってこういう名刺とかって持ってないイメージだけど、どうなんだろう?
こんな風にトーカさんって呼んでるけど、実は偉い立場の人なのかもしれない。
「あ、ありがとうございます!」
「僕からも・・・ありがとうございます、トーカさん。急なメール送っちゃってごめんなさい」
「ふっ、いいんだ二人とも。私は警察官だ。市民の安全を守る・・・な、そうだろう?」
ウィンクとともに僕に微笑みかけてくるトーカさん・・・本当にこの人は。
ずるいくらいかっこいい。
それと、ウィンクしたトーカさんにちょっとドキッとしたのは秘密にしようと思う。
「よし、それじゃあ私はこの2人を連れていく。君たちもそろそろ行かないと遅刻するんじゃないか?」
そう言われて慌ててスマホを確認したら、時刻は8時30分。
「「あっ」」
僕と女慰さんの声がハモる。
・・・完全に遅刻だ。
「ご、ごめんなさい!私もう行かないと!」
「僕もです!」
慌てて荷物を抱え、取調室を出ようとする僕たち二人。
「あっ、待て!遅刻理由書を渡すから!っておい!まだ終わってない!」
それとは対象的に男性たち二人は死んだような目をしていたけど、自業自得だもんね!
項垂れる男性たちにあっかんべーをしながら、トーカさんに手を振る。
何か言っていた気がするけど、急いでいる僕達は全く聞こえずにそのまま取調室を後にした。
「や、やばいやばい!」
「はぁ・・・はぁ・・・お、置いていかないでください・・・」
全力で走る僕・・・の後ろでヘトヘトになって僕に助けを求める女慰さん。
・・・しょうがないなぁ。
「はぁ・・・って、あな、何するんですか!?」
「抱えていくからしっかり捕まってて!」
疲れきってる女慰さんを抱き抱え、お姫様抱っこの要領でそのまま走り出す。
・・・これってセクハラで訴えられないよね?
大丈夫だよね?
ま、まぁ、大丈夫だよね!多分!
「羽みたいに軽くて助かります!」
「んなっ!?あ、あの人達よりは軽いに決まってますよ!」
バシバシと胸を叩かれながら、僕は全速力で学校へ向かった。
思いっきり遅刻した。
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