第2話 りゅうのカミさま①

 始まり。


 カーイの国を少し出るとまず初めにヴァモンゲン山が見えるだろう。

 大陸一の独立峰で、魔法の知識がないものでもその優美さ、力強さ、神秘に心を奪われるに違いない。

 そこで昼御飯を早弁している、間抜けな赤毛の盗賊のような下賤な獣人は別としてね。


 今、わたし達はファイフ川を沿って歩いている。

 ヴァモゲン山の湖沼を源流とする神秘あるこの河川は、かつて偉大な魔法使いも魅了され、旅の中でもその川の水をすくい愛飲していたという。


 とうぜん、偉大なる魔道士にして、魔王も倒したわたしだって、その神秘に魅了された一人である。

 川沿いを進みながら、私は優雅に自然の神秘を堪能しているのである。


「何ブツブツ言ってるの?」


「本を書いてるの。邪魔しないで」


「別にそれは良いけどさ。自分が飲む水の水筒くらい、自分で持てよ。てか自分の足で歩け」


「ウッさいわね! 邪魔しないでって言ってるでしょ!」


 そう言って、少女魔道士・ウィンは俺に肩車している態勢で、俺の頭をポカポカと叩いた。

 叩いたと言うより、ペンとノートの角で的確に俺の頭を突いてくる。

 勇者じゃなかったら大事だよ。


「モグモグ、そろそろ着く頃れすかね、モグモグ」


「クルミ。飯を食べながら喋るな」


「(´~`)モグモグ」


「……」


「(´~`)モグモグ」


「……」


「ふぅ……。何言いたかったか忘れました」


「本当にふざけたやつだなお前」


  赤毛の獣人盗賊・クルミはワンパク坊主のような意地汚さと痴呆老人のような知能しかない。


「では私から少し確認があるのですが、ムンドォー村が依頼したこのクエスト、本当に竜が関連しているのでしょうか?」


 女僧侶・セリーナは穏やかな口調で尋ねる。


「五分五分……。だが、確実にクエスト内容に虚偽の情報が混ざっている」


 ムンドォー村がカーイ国のギルドへ依頼した内容は以下の通り。



【ムンドォー湖周辺調査】


 [依頼内容]

 ムンドォー湖ニテ行方不明者多数。

 原因調査、及ビ解決求ム 


 [推奨ランク]

  3段位以上。


 [報酬]

 原因判明→25万ルビー

 解決→100万ルビー


…………

……

以下省略。


「うーん、私はこういうことに詳しくないのですが、この依頼書、そんなにおかしいですか?」


 セリーナは首を傾げながら尋ねる。

 

「おかしいのは依頼書だけじゃないが、不可解な点がある」


「というと?」


「3段位以上の冒険者向けにしては、報酬が高すぎますね」


 クルミが横槍を入れた。

 アホだが、盗賊だけに勘は鋭い。


「13階段のうち3段位の冒険者なんて、仕事を覚えたばかりのペーペーれすよ? 適正報酬なんて10万ルビーがいいとこれす。それが原因究明だけで25万ルビーはあやしいれす」


「それだけ急務なのでは?」


「そこで謎になるのは、この依頼の発行日時……もう半年以上前なんだよな」


「はて?」


「半年もあれば、原因究明くらいはできててもおかしくないんだよ。

 考えてみろ? 『原因が分かれば25万ルビー』だぞ? それの真偽がわからなくてもな。

 中に嘘の情報を依頼者に渡すことだってしてもおかしくない。

 なのに。

 過去に9パーティがクエストを受注するも、全てパーティ全員が行方不明……。

 一切の情報もなく、ただ犠牲者は確実に増えているのにもかかわらず、村はカーイ国軍に調査依頼する様子もない」


「なるほど、たしかに不自然ですわね。

 では、勇者様とクルミ殿はどのようにお考えですか?」


 俺とクルミへの質問に対して、口を開いたのはウィンだった。


「人身御供。カーイ国図書館に貯蔵している文献をいくつか漁ったんだけど、大昔、ムンドォー湖付近に現れた大蛇へ、生娘を供え物として献上したことがあったらしいわ。1000年前のことだけどね」


「竜ではなくて、大蛇ですか?」


「大昔の文献は曖昧だったり加筆されたりされるものよ。ただし、鱗に覆われた化け物が人を生贄として求めたことがあるのは確か。

 おそらく、水竜の類が何かのきっかけで復活した……なんてことも、考えれなく無いわ」」


「そう、竜の可能性は十分にある。だから、あの竜狂いバカも、そこにいるかもしれない」


 頭痛を感じつつ、俺は答える。


「しかし、依頼者は冒険者を集めて、彼らを人身御供にするなんて、そんなことできるんですか? 3段目とはいえ、武力に秀でた者たちですよ?」


「そこは簡単れすね〜」


 クルミは呑気に割り込んでくる。


「まず、調査という名目で油断した、経験不足の冒険者を、あえて危険なルートを伝えて送り出します。前日に酒や微量の毒などを飲ませて疲弊させるのも良いれすね。

 そして、道中で弱った冒険者たちに、水竜と八合わせる。

 これで、数人分の活きの良い生贄を用意することができます。

 仮に逃げ延びて、村に戻った冒険者がいたとしましょう。

 

 さて、その場合はどうなるでしょーか」


 あまりに残酷な質問で、ウィンは露骨に無視しているし、セリーナは気まずそうにしていた。

 だから、俺が答えることとした。


「村人たちで処理する、だな」


 これらは、ただの予想であると願う。




 

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