第四話 フードの君 ――前編――
「大丈夫?」
陽だまりのような暖かな言葉が彼女を呼ぶ。
顔をあげた先で微笑む少年。
これが彼女の人生を変える、少年との初めての出会いだった。
◆ ◆ ◆
「聞いた? ラグナ様、神子の天啓を受けたらしいわよ」
簡素な室内。 侍女服に身を包んだ女性達は、最新の噂話に花を咲かせている。 彼女たちにとって噂話とは大事なコミュニケーションのひとつなのだ。
今は、オリバー大司教の息子、ラグナが神子となったことで、話題は専らそれ一色だ。
「そういえば、ラグナ様の家庭教師。 深魔の奇人だって」
「そうそう! あたしさっき、この部屋出たところの廊下でさ。 変な格好した二人組にあったの。 あれもしかして、そのどっちかが奇人だったりする」
「それ聞いた。 なんか青年に色仕掛けしたって。 その人がもし教師だったら可哀想〜、ラグナ様!」
「大司教様も何を考えてらっしゃるんだか」
好き放題に飛び交う言葉が、この部屋の熱気を上げ、声は廊下まで響き渡っていた。
そんな騒々しい作業部屋の隅、輪に入ることなく黙々と目の前の仕事をこなす、小さな少女がいた。 翠色を基調とし、胸元のオレンジの紐が目を引くワンピース、室内だというのに顔まで深く被ったオレンジのフードが端にいる彼女をより目立たせていた。 だが、その見た目と反して、体は目いっぱいに丸め込むような猫背で手元を見続けている。
彼女自身、目立ちたくないのだろうが、その姿は先ほどまでかしましかった侍女たちの視線を一心に受けることとなった。
「そういえば、さっきから隅であたしらの話盗み聞いてるひとがいんですけどー」
「あいつ、いつも一人でいるよね。 会話入れてあげようかー?」
「無理無理、あの子あたしらと喋りたがらないもん。 前に話しかけたけど、隙間風みたいな声で、すいませんしか言わなかったし」
「なにそれ、きも」
「てか、なんであの子部屋の中でフードなんか被ってるの。 服もうちらと違ってなんか着飾ってるし。 え、なに、あてつけ?」
「あたしたちなんか、いつも支給された服しか着てないのにねー」
「ねー聞こえてんでしょ? なんか言いなさいよ」
少しほど離れたところで徒党を組むように少女を嘲笑する。 だが、少女にその言葉は届いていないのか、黙々と作業を続けている。
その態度が侍女たちの神経をより逆撫でした。
「あんた、こっちが話しかけてるんだから。 いい加減、返事ぐらいしなさいよ、エレナ。」
侍女の一人、恰幅のいい女性が顔を歪ませ、少女に近づいてきた。
「……ごめんなさい」
エレナと呼ばれた少女は、細く震えたか細い声で呟いた。 だが、それがより彼女の怒りを増幅させた。
エレナのフードを乱暴にむしり取り、ホコリの溜まった床へと叩きつける。 フードから現れたのは、この世のものと思えないほど、透き通った肌に光り輝く銀髪、左右で色の異なる目をした少女だった。
「何その目。 気色がわる」
「……」
目を隠すように下を向く。 すると、髪が跳ねるとともに、人とは思えぬ長耳が顔を出した。
「人間のくせに、エルフのような耳をして。 あんたが、精霊だかなんだかの声が聞こえるか知らないけどね。 一人特別扱いされて、あたしらのことも無視してなに様のつもり、見下してんの」
「すいません」
「すいませんじゃないでしょ」
長耳をつかみ、エレナに罵声を浴びせる。 その光景を見ている他の侍女達はただ遠巻きでヒソヒソとささやきあっていた。
すると、ドアをノックし一人の騎士が入ってくる。
「お前たち何をしている」
「騎士様、申し訳ありません。 この者が少し馬鹿やったもので、説教を」
「……」
訝しげに侍女を一瞥し、エレナの顔を覗く。 エレナは目を見られたくないのか目を背け、その先に落ちてあった自身のフードを手に取り耳を隠すように被った。
「エレナ。 庭園の花の一部が少し元気がないそうだ。 見に行ってくれるか」
「はい、かしこまりました」
そう言うと少女は、逃げるようにこの部屋を後にしたのだった。
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