最弱勇者と魔法使い少女が手を繋げば

小語

第1話 最弱の勇者を召喚させてやったじゃん!

「あ、あなたが勇者様なのですか⁉」


 いや、違いますけど? ただの中学二年生ですけど?


 いきなり目の前に現れた男の顔をオレは見返すしかなかった。周囲を見回すと、ここはゲームやアニメで見る神殿という場所に近い気がする。


 トンネルみたいに丸くなった高い天井には大きなシャンデリアが吊るされ、両側の壁はステンドグラスになっている。

 オレを取り囲む十人くらいの人影は、揃って白に金色の刺繍が入ったローブを着ていた。


「勇者様、お名前は?」


 オレは男に目を戻す。四十歳くらいの男は、ローブの他に上に長く伸びた白い帽子をかぶっていた。


「あ、田村たむら風樹ふうきですけど」


 そのときになって、オレは尻もちを着いていたことに気付いて立ち上がる。


 そうだ、オレは田村風樹。白嶺はくれい共立中学校に通う中学二年生の十三歳だ。断じて勇者なんかじゃない。

 確か、学校帰りに寄った公園で急に眩しい光に包まれたかと思うと、この場所に来た気がする……。


 オレが考え込んでいると、男は振り返って別の若い男に話しかけた。


「タムラフウキ、だそうだ」


 頷いた若い男が手元の本をめくる。


「はい。お名前としては第四代目の勇者、キリコ・タカヤマ様に似ています。外見の特徴もキリコ様と同じく、黒い髪に黒い瞳。つまり、お名前はフウキ・タムラ様になるかと」

「フウキ・タムラ様……。なるほど、神通力じんつうりきはどの程度だ?」


 若い男は片目だけに着ける眼鏡モノクルを操作する。片眼鏡の表面に浮かぶ数字が激しく変動した。


「ス、スカ○ター?」

「神通力……三。凡人以下です!」

「凡人以下で悪かったなッ!」


 思わず言い返したオレをよそに、男たちは集まってヒソヒソ話を始める。


「一見、顔立ちは整っていますが表情に締まりがありませんな」

「しかし、神から授かった召喚術式で失敗など……」

「し、召喚⁉」


 オジサンたちに言いたい放題されて苛立ったけど、気になる言葉を聞いて足元を見下ろした。広い室内の床には一面に複雑な模様が描かれている。

 その中央にオレは立っていた。


「ねえ、オジサン、ここはどこ?」

「これは失礼。あなたにも事情を話しておかないといけませんな」


 男は頷いて語り始めた。


「まず、私はシラノと申しまして、アルテラ村の神官長をしております」

「アルテラ村? ここは日本じゃないの⁉」

「はい。ここはアルテラ村近くのアカルミ神殿です」


 あまりの驚きで絶句してしまう。


「私たちはこの世界で魔族と戦ってくれる勇者を召喚していたのです」


 勇者? 世界を助ける? そんなマンガやアニメみたいなことが本当にあんの?


「ですが、あの……どうやら、召喚に失敗してしまったようです」


 シラノさんだけでなく周りのローブ姿の人たちは神官らしい。みんな肩を落としているのは、勇者召喚に失敗して困惑しているのか。


 あれっ、壁際に女の子がいるぞ?


 年齢はオレと同じ十三歳くらいか。亜麻色の長い髪を三つ編みにしていて、その娘だけ膝丈までの薄緑色のワンピースを着ている。

 くっきりした目に茶色の瞳をして、肌も白くて人形みたいだ。


 一言で表すとスッゲー可愛い。学年一の美少女でみんなの憧れであるあかねちゃんよりも可愛いかもしれない。ちょっと脚が太いけど。


「前回の勇者召喚は六十四年前……。失敗したとなれば、また六十四年も待たなければならないのか?」


 重苦しく呟くシラノさん。

 とにかくオレに用が無いなら帰してもらおう。


「あのさ、召喚の失敗は残念ですけど、オレを帰してくれませんか?」

「む。それが申し訳ないのですが、これは召喚専門の術式。元の世界に帰るとなると、それなりの準備が要ります」

「ええー⁉ そんな!」


 まずいよ。帰れないと母さんが心配する。


 あまりの衝撃にポカーンと口を開けたままになっているオレへと、いきなり笑い声が浴びせられた。


「あっははは! 頼りない勇者で残念だったじゃん!」


 全員の視線が大笑いする女性の神官に向けられる。


「レオノア! 不謹慎だぞ、何を笑っている!」

「ふん。召喚に失敗したんじゃなくて、そいつは正真正銘の勇者。ただ、あたしが召喚術式に細工して呼び出した、最弱の勇者じゃん!」


 レオノアと呼ばれた女性の肌が雪のように真っ白に染まっていく。その手でローブをはぎ取って投げ捨てると、その下から本当の姿が現れた。


 白い肌と対照的な漆黒の髪が足首までを覆っている。喉から太ももまで黒い革製の衣服で包み、胸のところは凄く出っ張っている。ホントにすげぇ。

 顔は人間のときと同じだけど、唇が紫色に染まって毒々しい。その両手の爪が異様に長く、人間とは違う感じだ。


「レオノア、魔族だったのか⁉」


 驚くシラノさんへと魔族が邪悪な笑みを向ける。


「あたしは大魔族ガルラゾーテ様の部下、〈悪食あくじきのパルパル〉じゃん!」


 初めて魔族という存在を目にしたオレは、つい思ったことを口走ってしまう。


「見た目の割に名前は可愛すぎだろ」

「ほっとけじゃんッ!」


 パルパルは犬歯を剥き出して怒鳴るけど、ハッとしたように両手で頭を抱える。


「お、落ち着くじゃん、パルパル。あたしは知的で美人な魔族。こんなガキに挑発されて怒るほどバカじゃないじゃん?」


 自分に言い聞かせるようにブツブツと呟き、気を取り直したパルパルはオレたちに指を突きつけた。


「神が勇者を呼び出すことは魔族も知っているじゃん。偉大なるガルラゾーテ様は勇者が必ず現れるなら、できるだけ弱い勇者を召喚させればいいとお考えになったじゃん」

「そ、それでレオノアという神官のふりをして、この村にやってきたのか?」


 応じるシラノさんの声が震えている。


「そうじゃん。半年前から神官のふりをして、バレないように召喚術式を書き換えたんじゃん。そのおかげで、こんな弱っちい勇者を召喚させることに成功したじゃん!」

「まさか、魔族が神官のなかに紛れ込んでいるとは……迂闊うかつだった!」

「これでガルラゾーテ様からご褒美がもらえるじゃん!」


 高笑いするパルパル。シラノさんたちには動揺が広がる。


「くッ! いつもネズミやカエルを食べていて変わっているとは思っていたが……!」

「家を訪ねたら魔王の彫像ちょうぞうが飾ってあったのは、そのせいかッ……」

「いや、その時点で気づいとけよ」


 神官たちの勘の悪さに呆れ、オレは思わずツッコむ。


「さーて。弱い勇者を倒して、あたしの任務も終わりじゃん!」


 パルパルが笑うのを止めてオレの方に歩み出した。その両目に冷たい光が宿って、今までの雰囲気と豹変する。


「ひッ!」


 全身に鳥肌が立ってオレは喉から情けない声を漏らした。


「フウキ様、お逃げください! ルネット!」


 オレを守るようにシラノさんが立ちはだかる。それと同時に後ろから走る音が近づいてきた。


「逃げよう!」


 振り返ると、さっき壁際にいた少女がオレの右手を掴んでいる。オレはルネットという少女に右手を引かれて走り出した。


「邪魔するなじゃん!」

「ここは神の力に満ちた神殿。この結界は簡単には破られはしないぞ!」


 パルパルが踏み出すと、目の前でバチッという音ともに火花が散った。


「結界⁉ クッソォ! 勇者、絶対に倒してやるから待ってろじゃん!」


 必死に逃げるオレの背中をパルパルの怒号だけが追いかけてきた。

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