武闘会予選


 竜彦が席に戻り、暫くして橘先生が教室に入ってきた。

 橘先生は、教室に入ってくるなりいきなり黒板にむかい、何やら書きだし始めた。


 しばらくの間、カッカッという黒板とチョークが擦れる音が教室中に響いていたかと思うと、橘先生はようやく何かを書き終えたのか、チョークをチョーク置場に戻し、こちらを振り向いた。


 「今日は、秋の収穫祭で行われる武闘会の出場選手を決めたいと思いまーす」


 橘先生はそう言いながら、武闘会の日程が書かれた黒板を軽く叩いた。


 突然のことに、ざわつく生徒を他所に橘先生は話を続ける。


 「武闘会には各クラス三名までの出場が認められてるんだけど、武闘会に出たいよーって人は手を挙げて」


 みんな最初はポカーンとした顔をしていたが、橘先生が言ったことを理解すると、次第に目をぎらつかせ、殆ど全員が手を挙げた。


 だが、それも当たり前のことだ。

 この武闘会には、国中のお偉いさんが将来有望そうな若者を探しにやってくる。

 昔から収穫祭と共に開かれてきた由緒正しき大会で、武闘会でいい成績を残せた者は将来を約束され、いずれは巫女の親衛隊や軍の幹部などの自身が望んだ職につくことが出来るのである。


 いわばこの武闘会は、有力貴族家の人間にとっては家の名誉と威信をかけた戦いの場であり、大した家柄の出ではない人間にとっては数少ない立身出世を目指せる場なのだ。


 「うーん、やっぱりみんな出たいよね〜」


 生徒の殆どが挙手したの見て、橘先生は頭をかきながら悩んだような仕草をしたがそれも一瞬のことで、直ぐに何やら思い付いたのか、また黒板に何か書き始めた。

 

 それから暫くして、何かを書き終えた橘先生が黒板から離れるとそこには、十六組で構成されるトーナメント表が二つ書かれていた。


 「急だけど今から、代表者三名を決まる武闘会の予選やるからみんなこのくじを引いて、書いてある番号のところに自分の名前書いていってね」

 

 橘先生は、どこから取り出したのか手に細長い紙切れを持ち、それを挙手した生徒一人一人に引かせていく。

 

 そうして俺の番が回ってきた。


 「はいどうぞ」


 橘先生に手を差し出され、その中からゆっくりと紙を引き抜くと、そこには十三の文字が刻まれていた。


 「十三か」


 俺は席から立ち上がると黒板の前に行き、十三の番号が振られたところに、自分の名前を書く。


 「透は十三番か。俺は二番だから透とは反対のグループみたいだな」


 後ろを振り向くとそこには竜彦がいた。


 「そりゃー良かった。お前と戦うのは疲れそうだからな」


 「おいおい、そんなこと言うなよ。てか、俺とお前がお互いに決勝まで行けば、二人とも武闘会に出れるし一番最後に戦えるじゃん!」


 「二人とも決勝まで行けたらな」


 「行けるに決まってんだろ! だってほら、俺は強いし、お前もあれを倒せるぐらい強くなったんだろ? なら楽勝だろ」


 竜彦は、興奮しながらも俺との約束を守り、熊の妖魔については口に出さなかった。


 「俺は楽勝だけどお前はどうかな?」


 「なにをー、こいつ。言うようになったな!」


 竜彦は笑いながら俺の肩に腕を回した。


 「はは、冗談だって。みんな席に戻ってるし、俺らも早く戻ろうぜ」


 竜彦の腕を肩から外すと席に戻るよう促す。


 「そうすっか。じゃ、また後でな」

 

 「ああ」

 

 そうして俺たちが席に戻り、他の生徒も黒板の前からいなくなったところで、橘先生が話し始めた。


 「みんな書き終わったかな? それじゃあ参加者は修練場に行こっか。あ、参加しない人は教室で自習しててね〜」


 そう言うと橘先生は教室の扉を開け、修練場に向かった。


 俺たちもそれに続いて教室を出ると、先生の後について行った。





 修練場に着くといつの間に用意したのか、そこには既に十六個の試合場があった。


 「よーしみんな揃ってるかな。じゃあ、それぞれの番号が書いてある場所に行って試合を始めよっか」


 既に試合場が用意されていることに気づき、ざわつく生徒をよそに、そんなことはお構いなしと言わんばかりに橘先生は話を進める。


 「あ、あの」


 そんな中、後ろ髪が腰あたりまで伸び、前髪が目の下のところで綺麗に切り揃えられるている根暗そうな少女、七条菜摘がおずおずと橘先生に質問した。


 「ん? どうしたの?」


 「せ、先生お一人で全部の模擬戦を同時に見るつもりなんですか?」


 七条の質問を聞き、そういえばこの場に先生は橘先生しかいないな、と遅まきながら気づいた。


 「ああ、そのことか。それなら心配ないよ。ちょっと待っててね〜、ほいっと」


 橘先生は、掛け声と共に手から炎を生み出すとそれを十六個に分裂させた。

 分裂した炎は次第に人の形になり、あっという間に炎人形が十六体誕生した。


 「試合はこの子たちが審判するから心配ないよ。あ、この子たちは燃えない炎でできてるから触っても大丈夫だよ〜」


 「そ、そうですか。す、すみません。下らない質問してしまって」


 「大丈夫、大丈夫。じゃ、そういうことだからみんな自分の番号のところに行ってね」


 橘先生がそう言うと生徒たちは散り散りとなり、それぞれの番号の元へと向かった。

 それを見て、俺も自分の番号である十三番と十四番の番号が振られている試合場へと向かった。




 試合場に着くと、向かい側には既に対戦相手がいた。

 

 「うん? 天草家の落ちこぼれじゃないか。お前が相手ならこの勝負は貰ったも同然だな!」


 聞き慣れた嫌味が聞こえ、対戦相手の顔を見るとそこには、髪を七三分けにし、でっぷりとしたお腹を抱えた伊藤幸正の取り巻きの一人、向河原康二がいた。


 「ブヒブヒ五月蝿いと思ったらお前か。えーっと、お前は確か伊藤の取り巻きの豚河原だっけ」


 「な、なんだとこいつー! もう絶対に許さないぞ! お前もお前の従者と同じようにボロ雑巾のようにしてやる!」

 

 向河原の言葉から、ボコボコにされ、俺にすまないと悔しそうに謝る伊吹の姿が思い起こされ、殺意が湧く。


 「黙れ……殺すぞ」


 「ヒッ」


 向河原は一瞬動きを止め、小さな悲鳴を上げた。

 ただの暴言にえらく動揺するなと思ったら、どうやら殺気に妖力がこもって漏れでてしまっていたようだ。


 「ふ、ふん。そんな脅し、ぼ、僕には効かないぞ! 大体お前みたいな雑魚に何が出来るっていうんだ!」


 「……さあな。審判も来たみたいだし、そろそろ試合が始まるぞ」


 試合場の横には、いつのまにか炎人形の審判がいた。

 恐らく俺と向河原が言い合っている間に、来たのだろう。


 そんなことを考えていると橘先生の声が聞こえてきた。


 「みんな、所定の位置に着いたかな? それじゃあ、試合開始〜!」


 橘先生の気の抜ける言葉を合図に試合は始まった。

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