第4話【第33回王国戦略会議】

 無意味な時間である。

 第二王女シルフィーナはこの会議が大嫌いだ。現状維持と権力拡大と打算に塗れた薄汚い大人の欲望に、付き合う時間が惜しかった。彼女はただ日陰のある部屋で紅茶を飲んでいたい。あるいは庭園で花を愛でて、部屋で寝転がりながら読書をしたい。まだ十六の少女には、会議はつまらないものである。


「殿下。顔が緩んでおります」

「ありがとう、宰相」


 特に嫌な理由が目の前の宰相である。下位貴族の出身で功績を積んで宰相の地位に上り詰めた。とある理由で国王と皇太子が前線に赴いてから、彼はやりたい放題している。移民の虐殺も、餓死者の合同葬儀も、すべて彼の取った選択肢だった。あの冷酷な目が嫌いだった。そんな真似をしながらも貴族に金品を贈ることを欠かさない丁寧さも嫌悪した。


「この会議、もう辞めてはいかが?」

「貴族と商人。そして学者が集う重要な会議でございます。国の行く末を皆で考えるのです」

「考えを発散する場の間違いでしょう。最初からあなたの用意した議題が可決することが、決まっているというのに」


 宰相は穏やかに笑うだけだった。皮肉を述べてもこのザマである。裏でコソコソと泥棒のように動いているのもいけ好かない。この男がなす行動すべてを否定したい気分であった。憂鬱だ。シルフィーナの足取りは重く、回廊すら憎くなる。


「そんなことはございません。私がした提案は多くの人々からの尽力と助言によって齎されたもので個人の考えではありませぬ。いわば総合的に、結果として多くの案を通してきただけのこと」

「ああ、そうね」


 興味がわかない。何事もつまらない。会議の前後を含めて無意味なのだ。だが何かしらの興味を探そうと視界を動かすと、城壁に巣作りした鳥が飛び立つ最中であった。白い羽が庭園に落ちていく。


「ご存知ですか。今回の会議には平民が参加するそうですぞ。推薦人はラングレス公爵だとか」

「また貴族の派閥争い? いえ待って。そういえばリーゼ、エリナローゼ嬢から根回しがあったわ」

「ほう、平民の件で?」

「平民かどうかは知らないけど無理やりにでも押し込みたい人材がいると推薦を予告された。私と彼女の仲だし、適当に処理をしたわ」


 つまりコネでの推薦である。普段は使う側の宰相が眉をひそめた。こういう話は事前に通すことが彼の中で定着していたからである。ましてや公爵と平民の組み合わせなど予想ができない。


「困りますな。勝手なことを」

「別にいいのでないかしら? 平民が出席することで会議の格がまた下がった。ラングレス公爵もこの件の不始末に追われるでしょう。利点はあっても欠点はない。そうでなくて?」

「この会議は王政最高のものですぞ」


 いつから最高の名誉が与えられたのだろう。国王代理でしかないシルフィーナにとって、名誉など外野の話だ。周囲が勝手に盛り上がり、元老院や教会がお墨付きを与えた。貴族や代議士、ギルドの関係者が混じるようになった頃から、利権の調整装置として動いていた。中心にいるのは宰相であってシルフィーナはお飾りのお人形である。予算や外交の話まで発展し、会議は混沌とするだけだ。


「最高の定義は? いつも最低な会議だけど」


 宰相は黙ったまま待合室の扉を開けた。ふらりとスカートを翻して、クッションの置かれた王女専用の木製の椅子に腰掛ける。宰相が準備運動をする間にシルフィーナはただ一人待機する。ここに侍女がいなければ、騎士が護衛することもない。


「予算削減と人材の前線投入。体のいい言い訳だけど、王朝の権威まで落とすつもりなのかしら」


 またため息を吐きそうになり、手で顔に風をおくる。絹の匂う甘い香りだ。暇になったシルフィーナは会議室に呼ばれるまで、エリナローゼからの手紙を思い出していた。確かに平民とは書いてなかったが、特殊な事情があるとは書かれていた。宰相がよく使うため、すっかり騙されていたわけだ。


「昔からあの子は賢かったけど、もう私を超えるのかしら。寂しいわ。知性が取り柄の女なのに」


 エリナローゼとシルフィーナは旧友である。親友と呼んでもいい。幼い頃から人形で遊び、同じ教師に礼儀を学び、お菓子を食べたことも、読書したことも全てが思い出として大切に仕舞われている。そこにはもう三人いる。一人は黒髪の少女がいたのだがあいにく前線の方に行ってしまっていた。もう二人は聖女と姫騎士の仕事で忙しいはずだ。


「いつか平和な話がしたいわ。五人で」


 隙間時間はお菓子を一口摘んだ。つい頬張りすぎた気もするがシルフィーナは見ない振りをする。そうして退屈で、面倒な時間を待たされたあと、ようやくシルフィーナは会議室へと入場した。

 王族専用の階段を上り華麗な椅子に座る。


「国王代理である第二王女シルフィーナ様からのお言葉を頂戴する。全員起立せよ――」

「本日も集まってくれた皆に感謝する。実りのある会議とすることを志し、常に王政に仕える身と弁えよ。この言葉を以てして戦略会議を主宰する」

「王女殿下に敬礼!」


 怒号のような足踏みが轟いた。百名以上も集まれば全てが騒々しい。席に座るのも、雑談や私話が聞こえてしまうのも、議長の怒鳴り声も一層大きく聴こえる。シルフィーナは一通り見渡してから親友の姿を探した。彼女はすぐ見つかった。

 透き通った金髪に宝石のような紫の瞳。叡智と博愛に満ち溢れた堂々とした立ち振舞は公爵令嬢に相応しい。公爵家は議長や宰相に近い、いわゆる上座に腰掛けている。この会議が最高峰と銘打つだけあって席順にも多くの思案が練られていた。


「彼ね」


 ほんとうに小さく呟いた。エリナローゼの斜め後ろに座る推薦人がいる。不恰好で陰気臭そうな男であった。あれが平民、初めて見る人種だ。獣人は一度だけ見たことがあったが、こうして平民を眺めるのは中々どうして興奮を抑えられない。


「では河川工事について移民の投入を多数決で決める。賛成のものは拍手を、否定は挙手を」


 宰相がこう言うと殆どのものが拍手を贈る。事前の根回しと通達のおかげだ。その甲斐もあって会議は円滑に進んでいく。否定で挙手したものが、一年以内に失脚することも円滑さの要因ではあろう。


「ここに河川工事案を可決する。では続いてラングレス公爵家より軍部に対して提案がある」


 いよいよ事の本題が始まった。シルフィーナはつまらない会議がようやく面白くなったと、頬をかすかに吊り上げる。それを理解したのは対岸に座るエリナローゼ一人であった。同時に、王歴史上はじめて平民が喋る機会が与えられたのであった。

 まずはエリナローゼが起立した。


「提案いたします。一つ、王女殿下直轄の特殊作戦部隊を設けること。一つ、特殊作戦部隊の人事は王政が定める代わりにラングレス公爵家より推薦人は、ハルバートを特務研究員として雇用すること。一つ、研究費用はすべて公爵家が負担するものとして研究内容は王政の極秘事項とすること。なおハルバートを解雇した場合、部隊は解散する。以上」


 しんと静寂が広がったあと、音を立てていきり立ったのは騎士団の総隊長であった。宰相は無表情のまま、ゆったりと紙を捲っていた。


「答弁者。騎士団総隊長ダグレス」

「この提案に反対いたします。まず第一として王国規範では国王のみが軍を直轄できる立場にある。貴族に与えられた私軍編成権ならびに軍事権は国王陛下の賛同がなければ作れず、また国王の命令なくして移動することは不可能である。第二にシルフィーナ王女は国王代理であって、王族である以上は規範に倣い私軍の保持は認められていない。第三に特務作戦部隊が何をするものか明示されていない」

「ラングレス公爵家。弁論を」


 エリナローゼは一歩も引かぬ姿勢である。シルフィーナは弁論内容を思考する。まず最初の二つは切り抜ける言い訳がある。だが第三の問題の解決策は彼女が発言するまで意図が不明であった。


「人族同盟の特例規則。連合軍に対する戦術的または戦略的な攻撃は無条件に許可される。我々は攻撃を行うために極秘作戦を実施するつもりです。そのための部隊が王女率いる特務作戦部隊なのです。王国規範の歴史のなかで一度だけ前例があり、反乱が起こった際に貴族に限定的な軍事権の行使が委託されました。なかでも特筆すべきは反乱軍鎮圧のために市民を虐殺した点にあります。これを当時の国王は容認し、王族の処刑も行いました。いまはその反乱の分水嶺を超えている。であれば、限定的な軍事権の行使は規範の例外に当たるはずです」

「言っていることが出鱈目だ! たとえ例外があったとしても陛下のための軍である。決して陛下以外では動かず、陛下以外に命令はされない。そして何より王女が軍を管轄する意味がない!」

「国王代理の権限は我々の想像以上に大きく、軍の編成権も外交権も持ち合わせています。シルフィーナ殿下は両方とも部分的な行使が認められています。つまり部隊の結成は容易なのです」

「編成は騎士団限定で宰相の許可および五公爵家の認可が必要であったはずだ」


 途中で割り込んだのは宰相であった。騎士団総隊長を落ち着けた彼は、大柄な男に代わってエリナローゼと向かい合った。その感情には絶対に否定するという強い思惑が込められていた。


「ラングレス公爵家は移民虐殺と餓死者の合同葬儀に賛成したつもりはありません。宰相は軍の私物化をおこない自ら指揮して実施している。あなた自身が前例をつくったのではありませんか」

「公爵家の許可を取らなかったのは、国王陛下から移民の扱いに対して、暫定的に処分する意思を確認したからである。これは国王命令なのだ」

「では人族同盟の前文にある相互助力を無視したと我ら王国は宣言するのですか?」

「相互助力は最大限しているではないか」


 移民は二千万人を越えて王国人口は推定で五千万に近づいている。もともと農業国であった王国と言えど陛下の民が優先である。移民は強制的に労働と奉仕を与えられ、騎士団にも編入されている。


「異議を唱えた王はなく、教皇も認められた。同盟に違反はない。また規則に問題もない」


 負けだと確信するシルフィーナ。宰相に詰められた彼女が苦い顔をしている。これで終わりか、と残念に顔を傾げた瞬間、一人の平民が立ち上がった。

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