第七章

異精霊契約

 機動隊員から研究職員へ――イグニディスはルーベウスと共に、この誘いに同意した。ただ、内心ではショックを受けていた。

(機動隊員として地位を高めるつもりだったのに、初任務早々、クビ同然で転職なんて)

 衝撃は容易には消えなかった。そんな中、身柄を王城に移されることになった。魔法による手当てができない原因を解明するためだ。


 新たな療養先は、王城内、医療棟の個室である。ベッドの他、椅子と作り付けの棚があるのみで、壁と床は白一色だ。清潔だが殺風景で、窓の外に広がる街並みも、どこか遠い存在に思える。ここで傷口を調査され、血液をいくらか抜かれ、検査に回された。現在は結果待ちである。


「傷はまだ治りきってねぇが、具合は落ち着いてきたようだし、特殊魔法研究部について、少し詳しく教えておこう」

 着替えを持ってきてくれたルーベウスが、そんな話を切り出す。

「研究部では、異精霊契約の解除方法を研究しているんだ」

「異精霊契約? 聞いたことないな。普通の魔法とは違うの?」

「違う。通常、魔法を使う時はエーテラの力を借りる。一方、異精霊契約は、エーテラ以外の精霊、すなわち異精霊(いせいれい)の力を借りる。そのためには『契約』と呼ばれる儀式を行い、四肢に異精霊を定着させる必要がある。契約で生み出せる効果は一人につき一つのみ、どんな効果が生み出せるのかは、やってみなきゃ分からない。今のところ一生解除できねぇし、手首と足首に契約印が刻まれる。そして、契約者になると、普通の魔法が使えなくなる」

「ものすごく不便じゃないか。そうまでして契約する利点は何?」

「異精霊契約は、この世の理(ことわり)を超える力を生む。無尽蔵に金を作り出したり、動物を人間に変えたり」

「……やばくない?」

「やばい。内容によっては国が崩壊しかねない。解除方法の発見は、国家の緊急課題なんだ。フレデリカさんはこの研究に没頭するため、あえて、王都の宗教体制を批判して、自分を表舞台から消した。重大さが分かるだろ? で、研究部の目的は解除方法の確立だが、それを知るには、異精霊契約が、どういう手順で行われるのか探らなきゃいけない。実はまだ掴めてなくて、特定のため、文献調査と実験を繰り返している。地味な仕事さ。だが……イグ。落ち着いて聞いてほしいんだが」

 ルーベウスの、喋るトーンが下がる。イグニディスは枕の上の頭を動かし、気持ち、彼に寄る。

「ヴァルハラードは契約者だ。異精霊を体に寄宿させている」

「何だって?!」

「おっと、落ち着け。断定されたのは昨日だが、何年も前から、その疑いはあったそうだ。お前なら想像がつくんじゃないか。ほら、ジルゴ村の人達」

 イグニディスは頷く。あの日、祭祀場で見た光景は忘れられない。

「でもあいつ、普通の魔法も使うよ。契約者になったら使えなくなるんじゃないの?」

「問題はそこなんだ。そのせいでずっと、契約者の疑いはあっても、確定することができなかった。だが、両立する方法があるのかもしれない。俺らがまだ知らないだけでな」

「そうか……そうだよね。僕らは、まだ契約の仕方も知らないんだもんね」

「そうだ。イグ、いいか。俺らはこれから、異精霊契約の解除方法を確定することで、国の安定と平和に貢献する。また、契約者であるヴァルハラードを、裁判なしで強制的に排除する」

「排除も研究部の役目なんだね」

「ヴァルハラードは契約者だからな。奴を攻め落とす時は、一人二人じゃなくて集団でかかることになるだろうが、俺らは、異精霊契約のエキスパートとして、その筆頭に立つことになる。だから」


 会話の途中だったが、トントンとドアがノックされた。ルーベウスは素早く、棚の上に置いてあった新聞を渡してきた。記事をネタに喋っている風を装おうとしたのだろう。だが、内容を見てイグニディスは少々顔を引きつらせる。新聞には大見出しで、ヴァーゴ領がレキハ領を攻め落とした旨が記載されている。日付は一昨日のもので、情報は既に知っているものだったが、それでも、存分にインパクトがある。


「失礼します」

 入ってきたのは、診察を担当してくれている医師だった。

「イグニディスさん、血液検査の結果が出ました。どうか落ち着いて聞いてください」

「その前ふりからすると、とんでもない結果が出たみたいですね……」

 新聞を避け、イグニディスは返事をする。悪い予感しかしない。

「ええ。過去に二つしか報告の上がっていない、極めて珍しい症例です」

 冗談の類が苦手らしい医師は、堅苦しい表情で頷いた。

「貴方の血中から、抗魔物質という成分が検出されました。魔法が効かない理由はこれです。抗魔物質にはエーテラを忌避させる効果があります」

「それは……ええと、魔獣に噛まれたせいでしょうか」

「いえ。これは生まれつきのものと推定されます」

「そういえば僕、小さい頃から、治癒魔法の効きが悪いと言われていました。ただ、悪いとはいえ、一応、魔法は効いていましたよ」

「流血量が少なければ、抗魔物質の効果も薄くなります。また、これは予測ですが、子供の頃は抗魔物質の量も少なかったのでしょう。成長に従い増加したものと思われます」

「じゃあ、今後ますます増えるんですか? そもそも、どうして血中に抗魔物質なんてあるんですか?」

「理由はまだ分かりません。希少な例ゆえ、研究があまり進んでないのです。貴方のご両親や、ご兄弟の血液も調べられれば良いのですが」

「それは……無理ですね」

 ため息まじりにイグニディスは項垂れ、口をつぐむ。


「先生、何とかならないっすか?」

 ルーベウスが、見かねたように話に入った。

「悪いのは抗魔物質なんすよね。濾過するとか、何かに吸着させるとか、できません?」

「研究は行いますが、現時点ではまだ困難です」

「剣は?」

 イグニディスは咳き込まんばかりの勢いで尋ねる。

「先生。僕、剣は握れるようになるんでしょうか」

「け……剣ですか?」

 何も知らない医師は、少々困惑したようだ。

「魔法がダメなら、せめて剣を……僕、武器を振れないと困ります。僕の腕と手は、元のように回復しますか? しますよね?」

「傷が塞がり、血が出なくなれば、魔法による治療ができるはずです」

 相手は、質問の答えを、はっきりとは出してくれなかった。

「焦らず治していきましょう」

 最後に「安静です」と強調し、医師は部屋を去った。


 残されたイグニディスは、呆然と天井を見上げる。

(僕の体は魔法と相性が悪いのか。そして、先生のあの様子だと、剣の腕もきっと……)

 言いようのない焦燥が心に満ちている。せっかく、ヴァルハラードを倒せる立場につけたというのに。

「まぁイグ、落ち着こうぜ」

 ルーベウスに、ぽんぽんと、体を優しく撫でられる。

「どのみち、まだヴァルハラードと戦えない。異精霊契約の解除法が見つかってねぇからな。ゆっくり怪我を治すんだ」

「う……ん」

 分かっている。この体で無理に動いても良いことはない。それでも、何とかしなければという思いは消えなかった。ヴァルハラードは各地を侵攻し、この瞬間にも、着々と力を蓄えている。早く彼を倒したい。

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