勇気の龍と夢幻の少年〜勇気を求め続けた異世界冒険譚〜

大城時雨

第1話 小さな龍と勇気の一歩

「ふぅ……」


木の葉で作られたベッドにカバンを下ろし、いい感じの大木にゆっくりと寄りかかる。身体にかけられていた重力がパッと消える感覚を味わった。


ぼーっとしたまま、おもむろに空を見上げる。空はどこまでも青くて、俺の存在がとてもちっぽけに感じてくる。


ここはお気に入りの裏山。俺が通う中学から少し登った所にある、人気の少ない場所だ。それがかえって好都合だった。悩み事をした時、俺はよくここに来る。今日もそうだった。


「また、話しかけられなかったな。せっかく隣の席になれたのに……」


頭の中に、一人の美しい女性の像が浮かび上がる。艶のある黒髪、スラリと長く伸びた脚、ぱっちり開いた目……その女性とは、俺が密かに恋心を寄せている有村さんだった。


成績優秀で頭脳明晰。バレーをやらせれば県でも屈指の実力者。それでいて誰にも優しく、笑顔を向けてくれる。男子が虜になるのは必然だった。もちろん、俺も。


そんな高嶺の花が今、クラスでは俺の隣にいるのだ。合法的に話しかけられる千載一遇のチャンス! だが、俺はそのチャンスを――活かすことが出来ていない。タイムリミットは、席替えまでの3ヶ月しかないというのに。


俺は昔からこうだ。いつもは誰とでも明るく接することが出来る。いつもは大抵のことをこなせる。でも、『ピンチやチャンス』には人一倍弱かった。身体は固まってしまうし、自分の気持ちさえ前に出すことはできない。まるで別人の身体かのようになってしまうのだ。


勇気さえあれば。有村さんに声をかける、勇気が。自分の感情を表に出せる、勇気が――


「行くか……」


そんな事考えていても仕方がない。自分の踏ん切りをつけて大樹から身体を起こし、カバンを拾い上げる。


そう思うくらいなら行動しろ。頭の中はこの言葉で支配されていた。





「見つけたぞ……勇気を求めながら、胸の内に紅蓮の炎を秘める『勇者』を!」


「!?」


後ろで勇ましい声がした。驚きながら振り返る。こんな所に来る奴なんて、俺以外にいないはず。そう思っていたからだ。


だが、声の主の姿を見て、俺は更に驚いた。目線の先にいたのは人じゃ無い。20cm程の白色の身体に小さな羽。トカゲのような顔と、大型爬虫類のような爪。その姿を形容するなら『子供ドラゴン』とでも言うべきだろう。


「な、なんじゃこりゃぁぁぁ!」


驚愕の声が口から漏れた。そんな俺をよそに、ドラゴンは背を向け、木々へと向かって歩き出す。


「着いてこい。お前が勇気を欲しているのなら」


ドラゴンはそう言って、茂みにある、小さな抜け道を進んでいく。


「な、なんなんだ……あれ」


困惑と高揚感が心を支配する。あの質感、仕草……絶対、作り物なんかじゃない。本物の『ドラゴン』だ。まさか、実在するなんて。ゲームでしか、見たことないぞ。


「どうすっか……」


俺は頭を抱えた。問は1つ。『あのドラゴンに着いていくか否か』だ。普通に判断すると、絶対に着いていってはならないだろう。怪しすぎる。もしあのドラゴンに悪意が無いとしても、何か、大変な目に会いそうな予感がするのだ。このまま草むらなんかに行かず、真っ直ぐ下山すれば、またいつもの日常に戻れる。普遍的で、安定した日常に――


でも、俺の中で1つ引っかかっていることがあった。それは、あのドラゴンが言っていたこと。


「『お前が勇気を欲しているなら』か……」


俺は勇気が欲しい。他の誰よりも。もし、『ピンチやチャンスで行動する勇気』を手に入れらるのなら、多少のリスクは恐れない。多少、危険な目にあっても、だ。


着いていかず、いつもの日常に戻るか。着いていって、危険を承知しながらも、勇気を手に入れる道を模索するか……


「ふぅ……」


俺の本心は、今にでも帰りたがっていた。怖い。危ない。あんな奴の言うこと信用していいの? 頭の中で、そんな言葉が羅列されている。


だが、そんな言葉の羅列がありながらも俺は迷っている。それは心の奥にある、1つ『小さな勇気』によるものだった。『ここで1歩を踏み出せ』という。


「逃げてばかりじゃ、何も変わらない。でも、やっぱり……」


心の中で、ちっぽけな勇気と大きな臆病が暴れている。後は、俺の行動次第……か。


その時だった。ふと、とあるセリフが頭の中に浮かんできた。


「進み続けて……それが失敗に繋がっていたとしても……それは、無駄じゃない……次に繋がる『布石』!」


どこかで読んだ小説の1場面だったか。どんな本かも、覚えていない。でも、どうしてこんな時に……


「ひょっとして、俺は行きたがっているのか? 心の奥で、この先に」


そうとしか思えない。このタイミングで浮かんでくるなんて。


「そうだ。進んだ結果、間違えてもいい……俺が、選んだ道ならば!」


たった一つの、ちっぽけなセリフ。それが、俺のちっぽけな勇気を燃え上がらせた。


「うぉぉぉぉぉぉ!」


弱さを振り切るため、全速力で足を回す。向かうのは、あのドラゴンが向かった抜け道。燃料は、勇気のみ。


「いてててて!」


抜け道は、文字通りのイバラの道だった。謎の植物の棘が四方八方に広がっていて、皮膚に突き刺さる。それでも、俺は止まらない。後ろも振り返らない。こんな勇気を出せるチャンスなんて、滅多にないからだ。




どのくらい走っただろうか。薄暗い草木の間から、明るい光が差し込んできた。ようやく、出口か。いったいどこに繋がっているのだろう。


「はぁ、はぁ……着いたぞ……」


光の先には、見立て通り開けた所があった。俺は辺りを見回す。


「山奥に、こんな場所があったなんて……」


広がるのは、若葉で作られた原っぱ。さっきまで見られた木々は1本もない。まるで、別の空間と空間を繋げ合わせたみたいな、謎の歪さがあった。


「やはり来たな、勇者よ!」


どこからともなく声がした。声の方向を向く。


「あ、お前はさっきのドラゴン!」


「いかにも。そしてようこそ!人とモンスターが住む美しき異世界、『オルタナティブ』へ!」

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