若紫異聞 ~光る君に一番愛されているのはア・タ・シ☆~

立川きんぎょ

第1話 シンデレラ・ストーリー

 私の名前は、薫子。世間では「紫の君」って呼ばれてる。ニックネームみたいなものね。私が生きているのは平安時代で、私は正真正銘のお嬢様、というより正真正銘のお姫様。大きなお屋敷で、大勢の使用人にかしずかれて暮らしている。


今でこそ幸せに暮らしているけど、私って割と不幸な生い立ちなの。親との縁がうすいのね。お母様は私が物心つく前に亡くなってしまったから、私はお母様のお母様、つまりお祖母様ばあさまに育てられた。


お父様はお金持ちで身分の高い人だけど、奥さんが別にいて、あまり私に会いにきてくれなかった。お祖母様が亡くなった今は音信不通の状態よ。すごい親子よね。


私が今、何不自由のない生活を送れているのは、ひかきみさまっていうとてもお金持ちで優しい殿方が、私を可哀そうに思って引き取ってくれたから。私は知らなかったけれど、光る君さまは私のことをずっと前から見ていたらしいの。聞くところによると、私は光る君さまの初恋の人に似ているらしいわ。



私が7歳の時、お祖母様が亡くなった。お葬式の日、私は寂しくて心細くて、しくしく泣いていたの。これから自分は一体どうなるのだろうと不安で仕方なかった。


お父様に可愛がってもらった記憶はないし、親らしい温かさとか気遣いを感じたこともない。たまに会う親戚のおじさんって感じ。お父様と奥さんの間には娘が二人いて、私にとっては腹違いの姉妹ってことになる。だけど、会ったことはないのね。


お祖母様が亡くなってしまった以上、唯一の肉親であるお父様に引き取られるしかない。


「姫様が今さらお父様のお屋敷に行かれても、あちらでいじめられるのでは」と、ばあやは心配していた。


私も子供心に、お父様の奥さんや腹違いの姉妹があたたかく迎え入れてくれるとは思ってなかった。もしお父様に引き取られていたら、王子様に見初められる前のシンデレラみたいに悲惨な境遇になっていたと思う。



それはそうと、私が光る君さまのお屋敷に来た日のことを話すわね。


お祖母様のお葬式の日、私は泣き疲れて眠ってしまったんだけど、夜中、屋敷の中が急にさわがしくなって目を覚ました。ばあやがあわてた様子で、誰か男の人と話している。


「困ります、お父上のお許しもなく、姫様をお渡しするわけにはいきません」

「私が責任を持つ。姫君が心配ならそなたも一緒に来るがいい」


それが光る君さまだった。光る君さまは私を抱き上げ、優しく言った。

「大丈夫ですよ、姫君。私は亡くなったお祖母様の知り合いです。これから私の屋敷に行きましょう」


ばあやはおろおろしていたけれど、私を一人で行かせるわけにはいかないと、意を決してついてきた。ばあやはしっかり者で、とても頼りになる。このとき一緒に来てくれたことには本当に感謝している。


こうして私は半ば誘拐されたみたいな感じで、光る君さまのお屋敷にやってきた。お屋敷を改めて見ると、それはそれは豪華な調度品であふれ、着るもの、食べるもの、何から何までけた外れの贅沢さでびっくりよ。お仕えする人たちもとても洗練されていて上品なの。光る君さまといえば訳あって民間に下られたけれど、血筋はれっきとした帝の息子。究極のセレブリティだもの、当然よね。


しかも、光る君さまは、とにかく優しかった。勉強も見てくれたし、お習字やお琴、絵の描き方も教えてくれた。ときには一緒にゲームをしてくれたりもした。父親でもあり、年の離れたお兄さんみたいな感じ。だから、お父様に引き取られて継母や腹違いの姉妹の間で肩身狭く生きるより、結果的にはずっと幸せだったと思う。


でも、光る君さまって、とにかく女性関係が派手なの。光る君さまといえば都中の女性の憧れの的。モテるなんてもんじゃなかったと思うわ。その頃、私は幼すぎてよく分からなかったんだけど、付き合っていた女性の数も相当なものだったと思う。


で、夕方になると、光る君さまは恋人のところに出かけるために、ソワソワ支度をはじめるの。衣装を着替えたり、香水をつけたり、鏡でいろいろな角度から自分の顔を眺めたりして、そりゃもう念入りにおめかししてるわけよ。


まだお屋敷にきて間もないころだったから、私もお祖母さまを亡くしたショックから立ち直れていなかった。ただでさえ夕方になるとあたりは薄暗くなってきて寂しいのに、光る君さまは私をほったらかしてお出かけしようとしている。私はある日、とうとうこらえきれなくなって、泣き出しちゃったのね。


光る君さまはあわてて、

「どうしたの。泣かないで。明日にはきれいなお人形をおみやげに持ってきてあげるから」って一生懸命私のご機嫌をとるんだけど、私は寂しくて、お祖母様が亡くなったときのことも思い出しちゃったりして、涙が止まらなかった。


そうしたら、光る君さまは

「仕方がないね。こんなに姫君が悲しむのだから、今夜は出かけるのをやめよう」って言ってくださった。あんなにいそいそおめかししていたのに、私のためにお出かけを中止してくれるなんて。光る君さまは、私の気持ちをわかってくれるんだって、本当にうれしかった。


でも、今にして思うと、そのとき光る君さまを待っていた恋人は、ドタキャンされてがっかりだったでしょうね。あちらもいろいろ用意して待っていたでしょうに、本当にお気の毒。


もっとも、光る君さまは根っからの女好きだから、夜遊び癖は今も直っていないわ。今もお屋敷に戻らない夜はしょっちゅうだもの。


最近は私も成長して、昔みたいに泣き出さないかわりに、冷ややかな視線を送っているみたいで、光る君さまも夜遊びに出かけるのは何となくバツが悪そう。


 今は養女みたいな感じだけど、私はいつか光る君さまの奥さんになるんだもの。そうなったら、夜遊びなんて絶対許さない。私は光る君さまにとって、一番大切な存在なんだから。



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