第二章 第28話 #11-2 逃げる女、佐々木寿満子

 博多港で不穏な動きをしていたという情報通りの女が足早に佐藤剣太警部補の前を通過した。ニット帽を目深くかぶっているので表情はわかりにくいが、四十歳前だろう。手足が長い女だった。しかし、指名手配犯ではない。待合室の態度がわるかっただけでは犯罪ではない。職質するかどうかを迷っているうちに女は佐藤の前をすり抜けていった。

 

 佐藤はその女の様子を観察したこの大雪の日に薄い部屋着で荷物1つ持っていない。何かおかしい。異様だった。

 

 女は寒さをしのぐためなのか、船からゲートまで小走りだった。島の住民ではない。しかし、この島には何度か来たことがあるはずだ。


 彼女は標識や看板を確認することなく、一直線にどこかへ向かっている。この島の地理に詳しい。


 観光客ならタクシーをつかってもいいはずだが、彼女はスリッポンをはいたまま歩いている。あまりに軽装すぎた。

 

 佐藤と共に動いていた巡査長が小声できいた。

 「あの女、なんであんな薄着なんでしょうね」

 「わからない。気になる。追いついたら職質しよう」

 二人の警察官は彼女を追った。

 

 そんな警察官たちの動きを、天寺は知る由もなかった。


 待ち時間があったため、手元のスマートホンで琉洲奈島南署勤務の警察官のリストを確かめた。佐藤剣太警部補に違いなかった。

 港で私と同行している背の高い男というと才谷隆一郎だ。佐藤警部補を電話番号リストから探した。漁船を利用した麻薬密輸についての会合で会ったときにリストへ登録していた。彼とは情報交換会でスパイが使う情報の伝達方法の講義で盛り上がった。数人の警察官と自衛隊員が実際にそのやり方で情報伝達をしてみようと実地研修をはじめた。そのメンバーの中に入っていた。


 中田をヘリに乗せた後、佐藤の電話番号にかけた。呼び出し音が5回鳴っても出なかった。天寺は電話を切った。

 

 佐藤は船着き場から毛皮の女を追っていた。かなりの距離を歩いたが、彼女は新厳原町の観光案内所まで歩調を少しずつ緩めながら歩いた。1kmほど休むことなく小走りしていたが、さすがに疲れたらしい。町中に入ってからは、ゆっくりと歩いてる。


 普段から佐藤はランニングや筋トレで鍛えているので、この程度の追跡は全く問題無い。同行した巡査長はメタボ気味なのでかなりつらそうだ。

 女は観光案内所に着くとすぐに女子トイレに入った。そこから出てきたら職質しようと思っていた。

 

 追跡中に電話の呼び出し音が鳴っていたことを思い出し、女子トイレが見える場所に立って履歴をみた。陸上自衛隊の天寺警備隊長が電話をかけてきたようだ。

 あのチラシの質問を見て空いた時間にかけてくれたのだろう。陸上自衛隊の隊長からの電話を無視してしまったことに佐藤は慌てた。

 後ほどかけますという一言だけでも伝えておきたかった。佐藤は天寺に電話をかけた。

 

 「琉洲奈島南署の佐藤です」

 「ああ、先ほどは失礼しました。陸上自衛隊の天寺です」

 名乗りあった段階ですぐに佐藤は状況を説明した。

 

 「今は捜査中ですから、後ほどこちらから折り返し電話させてください」

 「了解です」

 ほんの短い電話だったが、佐藤はこの電話をかけた自分を10回くらいひっぱたいてやりたいと考えることになる。あの電話で女に感づかれたのかもしれない。

 

 

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