第二章 第14話#7-5 陸士長 九十見醒惟

ドラム缶の中には白い粉末状のものが小さな二重密閉できるファスナー式のプラスチックバックに入っていた。麻薬かもしれないと中田三曹が袋を開封した。しばらくにおいを嗅いでいだが、麻薬のにおいなんてわかんねぇやと言って袋をドラム缶に戻した。

 

 「それだな」

 「それですね」

 隆一郎も天寺に同意した。

 

 九十見ににおいを嗅いだり、触ったりしなかったか確認した。

 

 「俺がドラム缶の蓋を開け閉めしましたが、中身のにおいを嗅いだり触ったりはしてません」

 その後、中田が海上自衛隊・下琉洲奈島監視所にドラム缶を持ち帰った。


 その下琉洲奈島監視所に3人は向かっている。


 この事情徴収を秘密裏に行うため、天寺は九十見を運転手として指名した。車中なら3人だけだ。機密が保持できる。

 

 ただ、この九十見の体調が気になった。隆一郎はこの発言をきいて、背後から彼の様子を注視した。

 

 そういう話は先にしてくれと思った。隆一郎は公用車の窓をあけた。大雪の降る二月の冷気が車中に吹き込んだ。天寺も反対側の窓をあけた。車中はあっという間に極寒となった。新型コロナ感染症の影響で3人はマスクを着用している。窓を即座にあけた二人はお互いの反応に苦笑いした。

 

 「よし、貴様はこの後、問題がなければ、自室で謹慎して処分をまて。帰ればすぐに警務隊から事情聴取がある」

 「事情聴取の前に何があったかも話してくれ。それが知りたい」

 隆一郎が後ろから声をかけた。

 

 車の中で基地の最高幹部から直接事情聴取を受けることになるとは想像すらしなかった。今朝、警備隊長から直々に運転手を命じられた時には驚いたが、ただ運転をするだけだと思った。警備隊長が彼の問題行動を掌握しているとは想像もしていなかった。背中に冷たい汗が流れていくのを感じた。


 「警備隊の門番は外出するお前を見ていない。どうやって外に出た?」

 「はい、駐屯地の内側から外部の桜の木にロープをひっかけ、ロープを渡って脱出しました」

 「桜? 隊舎裏の空き家になった民家のサクラを伝ったのか? 不法侵入じゃないか」

 「はい。申し訳ありません。」

 「許さん」

 天寺は一喝した。

 

 「そうか。ロープをひっかけたか」

 天寺の表情がかわった。なぜ、その時点で天寺にこの士長の脱走が伝わらなかったのか? 警備監視態勢を再点検しないといけないと感じた。

 

 「だが、許してやれるかもしれん。楽しみにしていろ」

 

 基地司令の運転手に大抜擢と内心喜んでいたが、こんな罠が仕掛けられているとは思わなかった。天寺還郷警備隊長は何を考えているか読めない上、キレモノだから覚悟しとけと前任の隊長が言い残していたことを思い出した。

 

 隆一郎は背後から九十見を見ていた。

 ハンドルを握る右の二の腕に腫れがある。後ろからでは正確な診断ができない。


 停車後、即座に診察しようと思った。

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