決闘
『リセ=ルージュ学園 学生規則
……第五章 学生生活について
……第三十二項 生徒同士の決闘
その一、本学園は生徒同士の私的な決闘を禁ずる。
その二、生徒の間で、議論では決着のつかない問題が発生し、決闘の申し出があった場合、二名以上の教師が現場に立ち会う。よって、決闘を行う生徒の双方と、立ち会いの教師の全員から同意を得られた時のみ、決闘は公認される。
その三、過度に危険な決闘、不公平な条件での決闘、無関係な他者に損害を及ぼし得る決闘、決闘の結果が決闘の原因に関係のない本人達の社会的地位や学校生活に多大な影響を及ぼし得る決闘は、これを禁ずる。その他、立ち会いの教師が判断し、却下された決闘も禁じられる。また、決闘の最中に教師が必要だと判断した場合は、ただちに決闘は中止される。
その四、決闘の結果は、後から覆されることはない。ただし、あまりにも結果が不当と見做される理由が決闘後に判明した場合は、教師の判断のもと、例外とされる。……』
「まさか入学一週間で決闘騒ぎを起こす問題児が現れるとは」
リセ=ルージュ学園の生徒指導担当教師、ジャン・ヤンセン教諭がにやにやして私たちを見下ろした。
古代語と古典の教師であるヤンセン教諭は神父であり、生徒たちの道徳教育を任されて生徒指導をしている。
はずなのだが、私が研究室を訪ねていきなり「決闘の立ち会いを頼みます!」と道場破りのごとく宣言しても、あっさりとオーケーを返したあとは、ずっと愉快そうに事の成り行きを見守ってくるだけだ。
「最近、担任する上級生たちも新学年で忙しいのか、大人しくてね。正直退屈していたのだよ。よろしい、神の加護のもと存分に決闘したまえ」
こんな神父が生徒指導などしていて大丈夫なのかと思うが、今はありがたい。
担任のエレオノーラ先生は、私が決闘などと言い出したその場こそ驚いていたが、
「わたくしの教育におけるモットーは、友情・努力・勝利……そして、若者の友情に喧嘩と決闘はつきものと言いますわ。なるほど、決闘の立ち会いもまた教師の役目ですわね!」
ふわふわとお嬢様らしい見た目と裏腹に、だいぶ偏った教育観をお持ちだったようで、機嫌よく決闘の許可を出してくれた。
「こういう時は河川敷で殴り合うのが王道ですわ!」と拳を握る先生を見て、歴史教師がこんな熱血でいいのかと思うが、やはり今はありがたい。
これで舞台は整ったのだ。
「……いや、おれ決闘に同意してないんだけど」
ひとり、私の決闘相手であるカミルを除いて。
放課後、人気のない裏庭の隅で、私はカミルと対峙していた。
彼は私の顔を見るなり足早に逃げ去ろうとしたが、ヤンセン神父やエレオノーラ先生に根回し済みだったことが功を奏して、ものすごくしぶしぶといった態度で裏庭まではやって来てくれたのである。
じとっとした目で私を睨んでくるカミルに向かって、私は指を突きつけた。
「それを言うなら、君が私との寮の同室を出ようとしていることだって、私は聞いてなかったし同意してないぞ!」
「先生からちゃんと知らされたんだろ? だったらそれでいいじゃんか。文句があるなら別の手段で伝えろよ、なにもこんな大ごとにしなくたって……」
「ああ、先生から初めて聞かされた。それで分かったのだ、君は私と直接話し合うつもりなど毛頭ないらしいとね」
真っ直ぐカミルを見据えてやると、彼は少しだけたじろいだ様子だった。
「君に私の話を聞く気がまったくないなら、こんな大ごとにでもしなければ、君を私の前に引きずり出せないだろう」
チッ、と傍に立つ教師陣に聞こえない音量の舌打ちをして、「そもそも学生規則に決闘の条項があるこの学園がなんなんだよ」と不満をこぼしていたが、ひとまずカミルはエレオノーラ先生に向いた。
「確認しておきますが、もしこの決闘でぼくが勝てれば、ぼくはいかなる理由であれ無条件に一人部屋に移れるんですよね?」
「ルチアーナ君の提案では、そうね。そして、もしルチアーナ君がアジャール君に勝てば、ルームメイトの解消はいったん保留にして、とにかく『一回自分と話し合って欲しい』とのことですわ」
「……部屋を出て行くことを禁じる訳でもなく? ただ話し合ってくれと?」
「そう。不思議な条件を言うものだから、わたくしも少しびっくりしましたわ」
ちらりと、カミルが私に寄越した視線が「どういうつもりだ」と問いかけてくる。どついうつもりでもない。そのままの意味だ。
「……決闘の内容は?」
カミルの質問に、ヤンセン神父がにこにこと対応した。
「貴様たちが自由に決めていい。騎士や軍人の決闘なら剣や銃を用いた戦いになるだろうが、ここは学園なのでね。学力試験の成績を競うもよし、美術作品や音楽の出来を競うでもよし、もちろん殴り合いもよしだ。まあ一応、限度を超えなければだが」
ヤンセン神父は最後に付け加えたが、この教師の言う「限度」はだいぶ制限がゆるそうである。
明らかにヤンセン神父は、そういった肉と血による闘いを期待していそうだったが、カミルはきっぱりとその選択肢を切り捨てた。
「殴り合いなどは無しです。おれの体力や筋力ではアルバにまるで敵いませんから、フェアじゃない」
負けず嫌いなカミルだが、それ故にか、こういう時にはプライドよりも実利を選ぶ。私は半魔なので、普通の人間より体力や筋力が勝るのは当然だが、その事情を知らない教師たちを前にして、子どものような体躯の私に「敵わない」と言い切れるカミルは冷静だ。
「やるなら試験がいい。古典、言語、歴史、地理、論理学のテストで点を競うんだったら、決闘を受けてもいいな」
「それ、ぜんぶ君の得意科目じゃないか」
私が口をとがせて文句を言うと、カミルはわざとらしくそっぽを向く。
ちなみに入学試験の成績の席次は、約三百名の中で私が四位、カミルが十二位だった。カミルは人文系科目なら満点に近い点数を取れるのだが、理数系が露骨に苦手らしい。
「……お二人は、ずいぶんお互いのことに詳しいのね?」
エレオノーラ先生がきょとんとした顔をするので、私とカミルは両手をぶんぶん振って「いやいやいや」「そんなことはありませんけど」と否定する。図らずも息ぴったりだった。
「それでは、試験による対決で決定なのか? アルバ・ルチアーナ、貴様からは意見はないのか」
ヤンセン神父が、いささかつまらなそうな様子をしながら、私に話を振ってきた。実は私には、あらかじめ考えていたことがある。
「馬術がいい」
ぱちり、とカミルが琥珀色の瞳を瞬かせた。
乗馬。騎馬民族が、息をするのと同じレベルの技術として親しんでいるもの。
「この学園でも、騎士志望の生徒のために馬を飼っているでしょう? そこの馬を拝借して、障害物を設置した裏庭のコースを一周走るんです。ゴールの速さと、障害物を避ける手綱さばきを先生方に判定願います。いかがですか?」
「悪くはないと思うけど……でもルチアーナ君、馬術じゃ騎馬民族出身のアジャール君があまりにも有利ではなくて?」
「いえ」
不敵に見えるようにっこり笑って、私はカミルに視線を投げた。
「私はぜひ馬術で闘いたい。もちろん、カミルがどうしても嫌だと拒否するのであれば、別の案にしますが」
今度は、カミルは舌打ちをしなかった。代わりに、私の意図を理解したのか、口の端を歪め、静かな苛立ちと少しの焦りを瞳に滲ませた。
確かに、私の提案は少し意地悪だ。
カミルは騎馬民族の生まれでありながら、馬に乗れない子どもだったから。
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