第二話:接触、月華咲という人間
シャワーを浴び、母が準備してくれた朝食を食べ、制服に着替える。中学生の時から何千回も繰り返してきた準備を済ませ、学校に向かったのだが、校門の前によく知っている女子が立っているのが見えた。
少し悪い目つきとその他の整ったパーツ。絹のようにたおやかな銀髪は、肩のあたりで切りそろえられている。女子の中では高めの身長と、俺の心眼ですら見ることができない胸部が、男子からも女子からもモテるかどうか、微妙な容姿を形成している。
周りの生徒が彼女を避けるようにして校門をくぐるのは、うちの生徒どころか他校の生徒からもダサさに定評がある青い学校指定のジャージに白衣を羽織っているからだろう。どこからどう見ても変人だ。
彼女は時折スマホに目を落としながら、キョロキョロと辺りを見回している。すると、ふと俺と目が合うと、目を輝かせながら俺の方へと小走りで向かってきた。
「やあ、おはよう。日向くんじゃないか? さあ、今日も朝の部活としゃれこもうじゃないか」
「おはようございます、月華先輩。うちの部活は放課後だけでいいと思いますけど?」
俺が昨年から言い続けてきた提案を口にすると、月華先輩は不満だったようで、口を尖らせた。
「ぶー、ぶー。そんなつれないこと言うなよー。まだクジラのほうが釣れるぜ?」
「捕鯨って犯罪じゃないんですか?」
「以前なら国家転覆罪だったのだが、今は合法だ。あれだな、幼女と一緒だ。合法ロリってやつだ」
「いや、意味がわからないですし、どうせ適当なこと言ってますよね?」
月華先輩はニヤリと笑うと、カッという音が聞こえるほどの迫力で目を見開くと、特に何もないお胸に手を当てた。
「適当は大切だぜ? 悪党も大切だし、無糖も大切だ。つまり語尾にとうをつけることが大切だとう私は思う……とう」
「別に韻踏めてないですからね?」
「おかしいな? 今朝足つぼマットは踏めたはずなんだがな?」
俺は「ははは」と愛想笑いをすると、部室に向かって歩き出した。
すぐ後ろからは「とてとて」という足音みたいな鳴き声が聞こえてくる。
「あざとい!」
「先生、あざとさは罪ですか?」
「適度なあざとさは犯罪ですよ。あざとさが過ぎると男でも引きますが、適度なあざとさにはほとんどの男が騙されます」
「日向君も騙された経験があるのかい?」
「あざとさに騙されたわけではないですけど、女子に騙された経験はありますよ」
月華先輩は目を輝かせながら続きを促してくる。その輝き具合はまるで宝石のようだ。ルビーかな? エメラルドかな? 思い出かな? あっ、いっけね。思い出は俺の記憶で輝き続ける宝石だった。
そんなくだらないことを考えながら、俺は口を開いた。
「見た目がモテるかどうかは微妙ですけど、めっちゃタイプな人がいたんですよ。ほぼ一目惚れみたいな感じで好きになったんですけど、性格が詐欺でした。まあ、だからといって嫌いにはならないですし、好きなままなんですけどね」
「まあ、一目惚れだから仕方がないんじゃないか? ちなみに、詐欺とはどんな感じだったんだい?」
「ちょっと変人でした。変わってる人でした。電波系とも違う感じで変人でした」
俺が先輩を睨みながらそう言うと、先輩は自分のことを言われているのに気づいていないのか、舌をチロと出して肩をすくめた。
「まあ、大変だろうけど頑張れ」
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