最初は右眉から始まった

 最初は右眉から始まった。

 

 朝起きたとき、寝ぼけ眼で洗面所の鏡を見たときのことだ。

「えーーーーー!!」

 思わず叫び声を私はあげた。

 私の右眉が綺麗さっぱり無くなっていたのだ。

 剃った覚えなどない。

 

 私は仕方なく、アイブロウペンシルで応急処置を行った。

 今日は休日なので、外に出る際は帽子を被ったら誤魔化せるかな…

 にしても、どうして眉を無意識に私は剃ってしまったのだろうか…


 その日は、なんとかやり過ごし、寝て、迎えた次の日。


 鏡を見ると、今度は左眉が綺麗さっぱり無くなっていた。

 私は両眉が無い状態になった。

 アイブロウペンシルで両眉とも書き、会社に向かう。

 昨日みたく片眉だけ書いているよりかは違和感が無いが…

 同僚や上司の目線が気になる…

  

 「はあ」と溜息をついて帰宅した。

 わけがわからなさすぎる。

 若年性認知症を疑うレベルで、自分が眉を剃ったという記憶が無い。

 だからと言って、私は今は1人暮らしであるし、誰かが眉を剃るわけはない。


 悪い夢よ冷めてくれと思いながら、眠りにつく。


 来る朝、恐る恐る鏡を見ると…

 今度は髪の毛が消えていた…

 道理で、朝起きたとき、頭が軽いと思ったのだ…

 私は仮病を使い、会社を休んだ。

 

 外に出たくない。

 外に出て、私の顔面に対して浴びるであろう人の目線が怖い。

 自分が自分で無くなる恐怖が襲ってくる。

 私は泣きながら、その日はベッドで1日中過ごした。


 次の日、朝起きたときから、体中に違和感があった。

 脱衣所で脱ぐと…

 体中の毛という毛が消えていた。


 それはまるで、まだ産まれる前の赤ん坊のようで―――

 そう感じたときのことだ。

 私はあの子のことを思い出した。


 私の元夫のDVによってお腹の中で亡くなったあの子…

 あの子のことを失った現実が辛すぎて…辛すぎて…私はあの子の存在を忘れていた… 

 そういや、この前テレビでやっていた特集でトラウマやストレスによって記憶を失う病気、確か解離性健忘症といったか、そういった病気があるということを取り上げていた。私もあれだったのではないか。 

 そのことに気付くと、私の目には大粒の涙が浮かんでいた。


 私は帽子を深く被って、最寄りの水子神社へ参り、お祈りした。

 あなたのことを決して忘れないから、成仏して欲しい…と。

 そのときのことだ。

 私の身体にあった違和感が無くなった。

 神社にあるトイレに走り込み、鏡を見る。

 

 髪の毛、眉、まつ毛、それら全てが元通りになっていた。

 そのことを確認して私は安堵の息を吐き、トイレから出て、帰路につく。

 帰りの電車で揺れながら思う。


 今回の現象はあの子が私に自分の存在を思い出してもらいたいがために見せた幻覚だったのだろうか…

 しかし、なぜあの子はそんなことを…


 そう逡巡していると…スマホが通知のブザー音を鳴らした。

 スマホを開くと、元夫からのアカウントからのメッセージでこう書かれていた。

『○○の母です。息子が3日前から発症した脳梗塞で懸命な治療を受けていましたが…先程亡くなりました。葬儀は―――』

 

 私は手が震え、スマホを落とした。

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1分で読める?ショートショート・ホラー集 村田鉄則 @muratetsu

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