映画館でのトラブル

 へっくしょん。


 映画館で新作映画を観ている最中に、突然、鼻がムズムズし始め、大きなクシャミを出したときのことだ。

 後方から視線を感じた気がした。

 振り返ったが、別に誰も俺の方を見ておらず、気のせいだと思い直し、俺は映画の続きを見始めた。


 映画が終わった。

 スクリーン全体が明るくなった。

 座席を立ち、リュックサックを手に取り、背負い、俺は、スクリーン入り口側にある階段へ向かった。


「おい」


 そのとき、俺を呼び止める声が上の方からした。

 ちらりと声の主の方を見ると、7:3分けの髪型で、スーツ姿の男性が立っていた。

 サラリーマンだろうか?

 眉を顰め、何か言いたげそうだ。


「ど…どうしましたか?」

 

 突然の出来事に俺は気が動転し、どもりながらそう答えた。

 男は無言で俺の方へ向かって、のっそり、歩いてきた。依然、表情には不快感がこめられている。

 目と鼻の先まで来た後、男は俺の胸ぐらを掴んで、怒り狂った獣が威嚇するときのように大きな声で叫んだ。


「てめえ、良い場面でクシャミなんかしやがってよ…映画の金返せよ!!おい!!!!」


 俺は逡巡した。

 確かに…俺がクシャミをした場面は作中の伏線が回収されるとても重要なシーンだったが…生理現象だから仕方が…


「何黙ってんだよ!!!」


 男のその叫び声を聞いた俺は…

 男を引き剝がし…

 走って逃げることにした。

 関わったらダメな人だと思ったからだ。


 思いっきり押すと、男は尻を床に強く打ち付けた。

 男が体勢を崩したとき、足を掴まれかけたが、どうにか避け、階段を思いっきり駆けて下る。


 後ろを振り向かず、息を荒らげながら、映画館全体の出入口まで全速力で走って行った。

 男のことが気になったのと、少し体力的にきつかったため、そこで、つと立ち止まり、深呼吸しながら、後ろを振り向くと…


 男は全速力で走って俺を追いかけてきていた。

 猛スピードで俺に近づいてきているため、身体がどんどんどんどん大きくなっていっているように見えた。

 まずい…追いつかれる。


 俺は、すぐに体を翻し、映画館の1つ上を上がったところにある屋上駐車場に停めた車に走って向かうことにした。

 車に乗って、この施設から遠くに行けば、もう、こっちの勝ちだ。

 映画館近くにある上りエスカレーターの右側の部分を全速力で駆け上がる。


 男はまだ追いかけているのだろうか?、少し気になるが、今は車に乗ることが最優先なので、脇目も振らず、屋上駐車場の出入口を抜け、車に向かった。


 車の手前に辿り着いた。鍵を開け中に入り、エンジンをかける。


「はあ、はあ、はあ…」

 

 これで一安心…

 そう思った時、


 ガラスの割れた音がした。


 男が車のフロントガラスを拳で叩き割ったのだ。

 男の手の甲には血が滴っていた。

 

「おい、てめえふざけんなよおおおお」


 男の大きな声が屋上駐車場に響き渡る。

 ガラスの音か男の声に反応してか、周りに人が集まり始めた。

 男は周りの人たちを煙たがり、大声で威嚇し、撤退させた。


「2000円だけ払えば良い話だろ?おい?俺の手こんなに出血させやがってよ」

 

 俺はさっき怖気づいて、言えなかったことを言うことにした。

 そのことを言えば、男は退散してくれるかもしれない。


「実は…俺…キャッシュレス決済中心の生活してて…財布に現金が無いんです…」


 暫しの間、沈黙の時が流れた。

 頼む…早くどこか行ってくれ…

 

 男が口を開いた。

「だったらよお…俺にそのアプリで送金すれば良いだけじゃねえか」


 俺は男の言うことを無視した。

 誰がこんなイかれた人に個人情報を渡すというのだろうか…

 車のドアを開けて、逃げ出す。

 男は、俺をまた追いかけてきた。

 

 地獄の鬼ごっこだ…こんなの…


 そう両瞼に涙を浮かべ、思った時のことだ。

 

 ドン


 と何かものが強い衝撃でぶつかった時になるような音がした。

 音の方を見ると…


 車に先程の男がぶつかっていた。

 頭部を駐車場の地面に強く打ち付け、頭から血を流していた。


 クローバーマークがついていて、その車のドライバーは高齢者らしかった。 

 ドライバーは、人をはねて、パニックになったのか、追い打ちをかけるかのように、アクセルを踏んで、車を前進させ、男の上に車を乗せた。

 その後、車からお婆さんが出てきて、車下に居る男を見て、立ちすくんでいた…


 俺が車に近づいて、男の様子を見たが、まだ息はあったものの、頭や胸から大量に血を流しており、息も荒いうえ、浅く、虫の息という感じだった。


 男は最後にこう呟いた。


「お前のせいだ…お前のせいだ…お前のせいだ…」


 そして、男は意識を失った。

 

 


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