トイレ地獄
『トイレの神様』という歌が昔、流行ったことを覚えているだろうか。
10分間近くの曲であるが、良い歌詞だということで大ヒットした。
俺はこの曲を聞いたとき、鼻で笑った。トイレの神様なんてあほらしいと思ったからだ。しかし、今は違う。
トイレの神様は実在したのだから。
俺は24歳、職業はフリーター。某コンビニエンスストアでバイトをしている。うちのコンビニは従業員用トイレ以外にトイレが無い。これは防犯のためである。なので、トイレどこですか?と客に聞かれても、ありませんとしか言えない。トイレが無いと言うと怒る客もいる。
ある日のことだ。
俺がレジ裏で揚げ物を揚げていると、大きな声で
「トイレ!!トイレ!!」
と金髪オールバック、眉無し、鼻ピアスの見るからに元ヤンっぽい男が大量の汗を流しながら俺に向かって叫んでいた。
もはや、限界に近かったのだろう。男の眉はここまでハの字になるのかと驚くくらい、完全なハの字眉になっていた。
「すいません…うちはトイレがないんです」
そう言いつつ、俺は男のその必死な様子を見て、見た目とのギャップもあり、思わず笑ってしまった。口元を掌で隠していたが、男は気づいたらしい。すぐにひどく怒った表情に切り替わった。
「ふざけんな!!てめえ!!!」
俺の胸ぐらを掴んでそう言った後、男はついに我慢の限界が来たのだろう。果ててしまった。男は恥ずかしかったのか逃げるようにコンビニの外に走っていった。その様子も何だか可笑しくて俺は笑いが止まらなかった。
男は結局、その日、俺のシフト中には再びコンビニに訪れることはなかった。
シフトが終わり、帰路につく。すると、俺は急に便意を催した。かなりやばい感じだった。そして、帰路の途中にある公園の公衆トイレに駆け寄った。
トイレの個室は1個だけだったが、運良く空いており、和式トイレで少し不満ではあったものの、どうにか間に合って事なきを得た。
水を流し、個室のドアを開けると…違和感が襲ってきた。
トイレの個室の外にある空間が先程、駆け込んできた時と異なる気がしたのだ。
気のせいだと思い、個室から一歩足を出すと
また個室トイレの中に入った。
「なんで!!?」
俺はひどく驚きつつも、再び個室トイレのドアを開け、体を前方に進めた。
が、やはり個室トイレの中に入った。
後ろを振り向いてもドアは無い。わけが分からない。
何度も何度も繰り返し試すが、やはり、個室トイレのドアを開けて進んでも、個室トイレの中に入るという無限ループとなっていた。
俺はこの異様な状況に恐怖し、身体に疲れが襲ってきた。そのため、冷や汗を流しながらトイレの壁にもたれ休み始めた。休み始めたら、つと、小学生の頃
あの曲はトイレ掃除の曲ではあったが、もしもトイレの神様が実在するなら…
俺は、自分の今日の行いをひどく反省した。
誰だって、大人だって、漏らしてしまうことはある。俺も大学生の時、道に迷って田んぼの真ん中で泣きながら漏らしたことがある。なのに…俺は…あの人を笑ってしまった。
俺は和式便所に向かって深く頭を下げ、大きな声で謝った。
「ごめんなさい!誰だって漏らすことはあるのに人のことを笑ってしまって!」
そうすると…
ドアが独りでに開いた。加えて、目の前に広がる空間に違和感が無くなっていた。
俺は怖くなって、手も洗わず、全速力で走って家に帰った。
後日、俺がレジ打ちをしていると、あの客が来た。目が合うと、睨んできた。
しかし、何度も平謝りすると、あの時のことを許してくれた。
人生何が起こるかわからない。
ただ、この経験から俺はトイレの神様を信じるようになり、職場でトイレがあるかを聞きに来た客には無いことを伝えつつも最寄りの公衆トイレを教えるようになり、家や職場のトイレを念入りに洗うようになったのだった。
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