7話

  俺がラウルと剣術の稽古をするようになってから半月が過ぎた。


 はっきり言って完敗中である。そりゃそうだ。ラウルは7歳で俺は3歳だった。


 体格差もそうだし何より腕力が全然俺の方がなさ過ぎた。それはおいおいどうにかするしかないが。


 けど、ラウルは俺を傷めつけるのを楽しんでいるような……。気のせいだろうか。


「エリック殿下。今日もラウル様と稽古をなさってたんですか?」


 心配そうにリアナがきいてきた。


「ああ。ラウル叔父上は文句なく強いよ。後10年もしたらウィリアムスも自分を超えるかもなと言っていた」


「まあ。そうですか。ラウル様は先代の陛下によく似て文武両道でいらっしゃいますから」


 リアナはそう言ってオレンジの果実水を手渡した。俺は仕方なくそれを飲んだ。


「……確かにな。それはそうと。スズコ様と叔父上は今度いつ来るんだろうな」


「……そうですね。スズコ様はしばらく王都に滞在なさるそうですから。明日もいらっしゃるかと思います」


「わかった。スズコ様に手紙を出したい。リアナ、代筆してくれるか?」


「代筆ですか。わかりました。わたしが致しましょう」


「そうしてくれ」


 俺は頷いた。その後、口述筆記でリアナに手紙を書かせた。封筒に入れてそれを丁寧に糊付けするとリアナは届けさせますねと言って部屋を出ていく。


 俺はふうと息をつく。いつ頃まで滞在するのかを後で聞こう。そう決めたのだった。



 あれから、午前中に送った手紙に返事が来たのは夕方だった。結構早いなと思った。


 < エリック殿下へ

 エリック殿下、お手紙をわざわざありがとうございます。

 明日、わたしに会いたいとありましたけど。

 わたしも陛下や王妃陛下にお会いしたいのでその時で良ければお話しましょう。

 ラウルも一緒ですので。仲良くしていただけると嬉しいです。

 では。

 スズコ・イルミナ>


 短い文章ではあるが。当たり障りなく書かれてある。


 スズコ様なりに考えてくれたのだろう。そう思った。


「……殿下。もう、夕食を終わりましたし。お休みになりますか?」


「そうするよ。リアナ、明日は早めに起こしてくれ。ラウル叔父上との稽古もあるから」


「わかりましたわ。では6の刻に起こしに参りますね」


 そうしてくれと言う。リアナは俺の着替えなどを手伝うと寝室に行かれませと勧めてきた。


 頷いて寝室に入った。リアナが静かに出て行くのが音でわかる。


 俺はベッドに入り眠りについたのだった。



 翌朝、本当に6の刻にリアナは起こしに来た。眠いながらも俺は身支度を整えて朝食をとる。


「殿下。午後になったら少し昼寝をなさってください。スズコ様とお話どころではなくなりますから」


「わかったよ。昼寝はする」


 渋々頷いた。リアナは本当に心配そうだ。いつも彼女には心配をかけさせている。


 俺は朝食を終えるとウェルズ先生の授業を受けた。いつも通り、文字の書き取りに計算、簡単な歴史の講義などで内容は変わらない。


「……殿下。最近はラウル様と剣術の稽古をしているそうですね」


「ああ。確かに一緒にしているが。それがどうかしたのか?」


「いえ。ただ、ラウル様は国王陛下と王位を巡って争った事がありますから。ご本人にそのつもりがなくても周囲がうるさいでしょうね」


 ウェルズ先生は困ったような表情で言った。確かに先生の言う通りだ。


 ラウルと親父はかつて勢力争いの渦中にいた。しかも旗頭として。勢力のそれぞれのトップであった2人だ。


 俺がラウルと仲良くしていたら大人達は眉をひそめるだろう。けど、矢恵さんなら「くだらない」と一言で一蹴しそうだが。


「そうだな。大人達は色々言いそうだ」


「まあ、おっしゃる通りです。ですから殿下もお気をつけください」


「わざわざ忠告をありがとう。気をつけるよ」


 そう言うと先生はいつになく素直ですねと笑った。俺はそうかなと首を傾げたのだった。



 ウィリアムス師の稽古が始まった。既にラウルが待ち構えている。


 が、俺はラウルの肩越しにきらりと光るものを見つけた。意識するより先に体が動いていた。


「……叔父上。危ない!!」


 憎ったらしい叔父だが。それでもあのシェリアを救うためには彼が必要だ。


 そんな打算もあった。俺は無我夢中でラウルに飛びついた。突進したのだ。


 ラウルも驚いたのかバランスを崩して横に倒れてしまう。その時、ひゅんと風が空を切る音が聞こえた。俺の頬すれすれで矢が飛んで地面にとすっと突き刺さる。


「……殿下。大丈夫ですか?!」


 慌ててウィリアムス師が俺とラウルに駆け寄った。ほうと息をついた俺とは正反対でラウルは茫然としている。


「……エリック。お前。何故、僕を庇うんだ……」


「叔父上。何故って。俺はあんたを恨んだりはしていないよ。ただ、死なれるのは嫌だからさ」


 俺が当然のように言うとラウルはくしゃりと顔を歪めた。そして俺の両頬を摘んだ。


「……お前は大馬鹿だ。僕を庇ったって不利になるだけだぞ」


 そう言ってラウルは両頬を離した。俺は痛いのでさすりながら文句を言う。


「……何が大馬鹿だよ。そっくりそのまま返してやるよ。俺はな、いずれは婚約者のシェリア殿と別れなきゃいけない。あの子を託せる相手を見つけるにはあんたやスズコ様の協力も必要なんだ」


「シェリア殿を?」


「ああ。説明はスズコ様と一緒の時にする。ただ、スズコ様とあんたと三人でな」


 それが説明をする条件だと言うとラウルは頷いた。


 そうして心配するウィリアムス師に謝りラウルと共に親父の執務室に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る