納屋の中の兵士
宇部詠一
納屋の中の兵士
兵士は眠っている。積み上げられた藁の上に横たわり、目を閉じ、胸を上下させている。納屋の中はあたたかく、家畜のにおいがする。そこには戦場の敵意はない。
兵士は着替えもせず眠っている。靴を脱いだだけだ。それは藁の山のふもとに転がっている。
兵士は空腹ではない。だからよく眠れている。昨晩は納屋にいたニワトリを絞め、卵を失敬した。普段はありつけない酒もたっぷりと飲んだ。納屋の主には断らなかった。納屋の主はどこかに行ってしまっていた。農夫の家は空だった。あたりには誰もいなかった。戦争がやってくると聞いて、村からも町からも人びとは消えた。凍てつく冬のなか、皆がどこに行ったのかを知る者はいない。
兵士は一人だった。行軍からはぐれたのか、落ちのびる途中だったのか、斥候かはたまた伝令か。兵士に尋ねようにも眠りは深く、起きる気配もない。外はしんしんと冷える。外では雪が降っている。積もった雪は深くなる。だから靴を脱いで乾かすのはもっともだ。しかし、濡れた靴下をはいたまま兵士は眠っている。それほどまでに疲労が深いのか。
本当に眠っているのか。兵士は二度と目覚めないのだろうか。友の誰が生き延びたのかもわからず、戦いの勝敗も知らず、いずれはまた太陽が昇ることを認識せずに。
兵士の表情からは苛烈な戦いをうかがわせるものは何もない。外には太陽の気配もない。しかし、日の出を迎える頃に兵士は目を覚ます。起床ラッパもなければ暖かな太陽もないのに、兵士の身体は規則に縛られている。
昨晩取っておいた卵を料理するために藁から降りようとする。兵士は靴をはこうとして動きを止める。右足の靴下がどこかに行ってしまっている。
納屋の中の兵士 宇部詠一 @166998
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