幽屍ノ万物屋

アマザケ

プロローグ

「またのお越しを、お待ちしております」


 体の前で両の手を重ね、背筋を正した姿で会釈をする。

 ここは現世うつしよには存在しない雑貨屋……


 "かくよろ"


 私はその店主、神野みの 巫女かな


今日はもういい時間だし、そろそろ閉店ね。

現世だと、今は午後七時くらいかしら?


 今日、最後のお客様を見送り巫女子は顔を上げる。

暖簾のれんを回収するため入口の扉を開く。


真っ暗……それもそうよね。


 どこも場所を思い浮かべずに扉を開けた。

 瞬間、わずかに風が巫女子の前髪を揺らす。

 しかし、目の前に広がる世界は、途方もない"黒"。

 一歩踏み出したら、終わりなく落下し続けてしまいそうな世界が、何処までも続いている。

 それも当然だ、ここは現世うつしよに"存在しておらず"、常に流れる"因果の中"に存在するのだから。

 故に"特定の場所"を思い浮かべず扉を開ければ、当然"どこにも繋がらない"。


外から入ってきたならどこにも繋がらないなんて事はないけど、外に存在の"証明座標"がない私は、店の中が存在してる証明地点なのよね。


 全くの別空間である万物は外から入ってきた場合、現世うつしよに"最後に現れた場所"を因果せかいが証明する。

 しかし因果の中で長い時を過ごして来た巫女子には、現世において"最後に現れた場所"はない。

 現世へ出る際には、明確に"存在する場所"を想像しなければならないのだ。

 故に"存在しない場所"、又は"何も想像"しなければ、現れる世界は流れる因果そのモノの空間。


 即ち【無ノ世界】だ。


 だからこそ、眼前に広がる空間に何も無いのは当然っちゃ当然だろう。


 巫女子は何時いつものように、地があるかもわからない"黒"へ躊躇ためらいなく踏み出す。

 踏み出した足は、硬い地面を叩き、

 カツゥン……

 と音を響かせ、眼前に広がる"黒"へ消えて逝く。

 消え逝く音など、飲み込まれそうな"黒"など……「今に始まった事じゃないわ」と慣れた手付きで入口に掛けた暖簾のれんを回収し、店内へ戻った。


今日の営業も終わりだし、残った仕事もさっさと片付けちゃいましょ。


 店内へ戻ると丁度、勘定場カウンター横にある、かいノ間と書かれた暖簾のれんを開けて少女が現れる。


「あ!巫女みこお姉様!!今日はもう閉店するんですね!!」


「えぇ、どうせお客も来ないし現世うつしよも、もう夜に差し掛かる。丁度いい時間だからね」


 回収した暖簾のれんを入口横へ立てかけつつ『やる事がないなら、締めの掃除して』と、勘定場カウンター内にあるほうきを指さす。


今日も散々遊ばれたようね。あんなにぐったりして、今回は何をされたのかしら。


 抱えた子供を勘定場カウンターに座らせ、箒を手に取った少女。

 彼女はここで働く唯一の従業員。夜晴よるはれ 柚子ゆずだ。

 その柚香夏に抱えられてた、今ぐったりと勘定場へ突っ伏してる子供は、店 兼 家であるここに住み着く。

 穀潰しの疫病神。因みに、この場の誰よりも歳上である。


神の癖して、会う度に問答無用で柚香夏に遊ばれてるのは少し同情するけど、だからと言って助ける気は全くない。


「そう言えば、かくしノ間に、新しいモノは何か出てた?」


「いえ、特にありませんでしたよ?」


 現世から失くなったモノ、忘れられたモノが現れ売られる場所。

 ここは前日に"なくなったモノ"が、毎朝まとめて現れる。

 一ヶ月購入されなければ、商品は店から姿を消し因果の中へ溶けて行く。


消えた商品は壊れてないなら直ぐに取り出せるし、それ以外にも商品は大量に余ってるのよねぇ。お客様、全然来ないから。

暫く現れないで欲しいわ。具体的に数ヶ月くらい。まぁ無理でしょうけど。


 と内心 嘲笑ちょうしょうしながら、新しい入店を止めるため入口に"へい"と書かれた札を貼る。


これで良し……。それにしても、今日も閑古鳥が高らかに鳴いていたわねぇ。

来たお客様は、開店から今まで十数時間、総計で八人!本当に少ない!!

こんなんじゃ商品は増える一方。かと言って、商品を意図的に壊す訳にも行かない。

……はぁぁ……もっと人来ないかしら、いや本当に……。


 ザッザッ……。と微妙に下手な鼻歌をかなでながら、箒で床を掃く柚香夏を横目に、も、閉店後の作業をしていると……。


「ヴァァッ!!……はぁ……はぁ……はぁ……」


あ、起きた。と言うより"飛び"起きた、の方が正しいわね。本当に一体、柚香夏に何されたのよ。


 さっきまで白目を剥き、よだれ垂らして、ぐったりしてた疫病神。

 飛び起きると、垂れ流していたよだれは、脂汗へと変わる。


大丈夫かしら?あそこまで狼狽うろたえてると少し心配だわ。

…………そんな事ないかも?

さっきまで微塵も気になってなかったし、私って意外と薄情?


 などと、飛び起きた疫病神を見ながら、小首を傾げる巫女子を他所に、疫病神は柚香夏に指をさして怒鳴り始める。


「毎度毎度、ワシで遊びおって!!ワシは貴様の玩具がんぐでは無いわ!!」


玩具おもちゃだなんて思ってないよ!!お人形さんだと思ってる!!!」


 控えめな胸を高らかに張って、煽る柚香夏。

 玩具も人形も、同じでは?と思いつつ眺めている巫女子は、火に薪を焚べる柚香夏を見て


関わらないでおこう


と、かいノ間へ移動し始める。


「なお悪いわ莫迦者!!神を人形扱いとか、不敬も不敬じゃぞ!?」


やっぱり、火に油だった。


 表から、さっきより強い怒号が店中に響く。

 それを、タハハ、と笑いながらなす柚子夏の声がかすかに聞こえ


仲が良くて、何よりね


と、穏やかに笑みを浮かべなから、硝子棚の商品確認をササッ、と終わらせた。


万年以上を生きる神が、十数年やそこらの娘に、会う度に遊ばれてたら、そりゃ威厳プライドも傷つくわよね。

姿は幼く縮んで、力は人間台、権能けんのう等の異能はほぼ使えず、使えてもせいぜい、無機物か自分を多少浮かす程度……。

え?何で知ってるか?だって原因、私だもの。

私が、疫病神のほとんどの力を封印して、今の姿になってるんだから、知っていて当然。


 商品の確認も直ぐに終わり、結局やる事がなく、表へ戻ってくると……。


「んもぉ〜、許してよぉ〜!やくちゃん!」


「ヌゥワァァァァァ!!だから抱き着くなと、言っておるだろ!!!離れんか!痴れ者!!」


 箒を持ったまま、疫病神へ抱き付いた柚香夏の、頬擦りを阻止するように、手で押し戻す疫病神。


掃除して欲しいんだけど、まぁ急いでる訳でもないし、見てて面白いから良しとしよう。


 そんな二人を、笑いながら眺めつつ、巫女子は勘定場カウンターへ腰をかける。


「あ!しょうえば、巫女お姉すぁま、前からひぃこうと思ってたんですけど、コンしゃんと出会った時の話が、聞きたいでふ!!」


要件があっても、頬擦りを辞めない……そこまでしたら最早、執念の域な気がしてきたわ。


 押し返されて潰れてるせいで、若干聞き取り辛いが、柚香夏の言いたい事は理解する。

 要は、柚香夏がここに来る前の、お狐様が初めてよろへ来た時の事が、知りたい訳だ。


私の記憶違いじゃなければ、あのお狐様って、神の使いだったわよね?

それを、コンちゃん呼び……。本当にこの子は、怖いもの知らずと言うかなんと言うか。

自由奔放で、行動力があるのはいいけど、相手が誰でも臆さな過ぎるのは、少し問題かもしれないわね。

問題になってからじゃ遅いし、今度改めて言っておk……。


 疫病神をやくちゃんと、呼んでる事を思い出し、巫女子は考える事を、やめた。


「もう外からの扉は閉じたし、別段構わないわy……」


「ウギャァァァァ!!」


 柚香夏を拒んでいた手も、力負けし頬擦ほほすりの被害に遭う疫病神は、再びぐったりし始める。

 その姿を見て、静かに溜息を吐いた巫女子は、疫病神を寄越すよう言って手を伸ばす。

 すると柚香夏は「えぇぇ……ムゥゥ……」と、不貞腐れたように、頬を膨らませ、

 その後、抱えてる疫病神を不服そうに渡し、疫病神を受け取とると、膝に乗せて咳払いをする。

 柚子夏に遊ばれた疫病神は、生気が抜かれてるのでは?と思うほど力が抜け放心している。


負の気を司る疫病神だから、陽の気に触れると体調も悪くなるのかしら?

だとしたら、柚香夏に遊ばれるのは、辛いでしょう。


 初対面の時とは、まるで別人の様に、今の柚香夏は、陽の気全開なのだから。


「そうね。何処から話そうかしら?」


 は、力の抜けた疫病神の頭に顎を乗せて、彼の日の事を話し始める。



 あの時も今日と同じように、閑散として暇すぎる日だった。

 暇なのはいつもと変わらない。

 しかしその日は、開店前からどこか肌寒く、ヒリついた空気が店内を満たしてた……。


 ・・・

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る