第一話:恩讐に焦がされぬ善意【前編】
ここは、
ここには、現世から"失われ"/"忘れられた"様々なモノが集まり、売られている。
因果の中に存在し、"過去"/"現在"/"未来"、全ての時間、そして分岐世界と繋がる場所。
ここに辿り着けるのは、
この万物屋を"知っている"者、
噂を聞き"
因果に"導かれた"者のみ。
「いらっしゃいませ、
本日、最初に万物屋の扉を開いたのは、赤子の人形を抱え、前髪で顔の隠れている、
何処からどう見ても不気味な女性……。
髪の隙間から見える顔は蒼白く、目は
井戸から出てきそうな見た目ね。
生憎、映る映像媒体なんて、ここにはないけど。
などと考えつつ、空気が冷えて行く感覚を覚える。
「……」
彼女が入って来てから、既に十分以上経つが、尚も動く気配はなく、入り口の前で立ち尽くしていた。
……?
ずっと入り口で立ち止まられると、後から入ってくるお客様の迷惑になるわね……。
あまり関わりたくないけど、お客様である以上は仕方ないわ……。
巫女子は、溜息交じりに肩を落とし、重い腰を上げて、お客様の元へ向かう。
「お客様、如何されましたか?」
来店してから現在まで、微動だにしない、お客様の正面に立ち、話しかける。
すると、この
表には置いていない”モノ”を示す言葉
【
掠れ聞こえるかも怪しい声でつぶやく。
このお客様は、噂を聞いて来たのね。
ずっと動かなかった理由はわからないけど、まぁいいわ。
「かしこまりました、こちらへどうぞ」
入った部屋には、表に置かれていない、様々な形をしたナニカの結晶や、水晶玉が大量に置かれた壁一面の
反対側には、耳飾りや首飾りといった、装束品から、食器や調理道具等の、様々なモノが置かれている、棚の列。
そして、
下部に彼岸花が
「此方にお座りになってお待ちください、ただいまお探しの品をお持ちいたします」
敷かれている座布団に手を向けると、お客様は何も言わずに座り、辺りを見渡す。
首を振ると、その度に、パキ、ポキ、ゴキ、と言った骨の鳴る音が、怪ノ間に響く。
硝子棚に入ってる結晶や水晶玉が、気になってるのね。
それより今、鈍い音も聞こえたけど大丈夫かしら……。
そんな心配をしつつも、硝子棚に興味を示す、彼女に背を向け、
「お客様が探してるモノは何かしら…?」
巫女子に取っては、見慣れた光景。
しかし他者が見たら異様だろう。
六個の提灯が照らす、薄暗い部屋の中には、怪ノ間にも置いてある。
普通のコップや包丁、年季の入った万年筆に血の着いた抜き身の刀。
更に人の腕や脚、眼球、そして鼓膜と書かれた札。
果ては、顔に"存在"と書かれた人形が、棚に並んでいる。
その中で、紫色に淡く光る、
「この中にあるのって、なるほど!あのお客様は……」
何故お客様が、死人のような姿だったのか、手に取った品を見て、何処かスッキリした顔で部屋を出る。
「お待たせ致しました。こちらがお客様の、お探しの、お品物となります」
木箱の蓋を開け、取り出したのは、全体が黄色く
成人式の振袖に使われるようなファー。
否、切れた狐の尻尾だった。
「・・・」
しかし、お客様は尻尾を見ても反応がなく、少しの間、静寂が部屋を包む。
次の瞬間。
「痛ッ……!?」
突然、頭に激痛が走り、視界が歪み、座っているが、よろける。
それと同時に、頭の中へ直接、声が響き始めた。
『おぉ!間違いない!コレはワシの尾じゃ!!本当に失った我が体の一部が手に入るとは!!なればもうコレは要らぬな……』
痛みは直ぐになくなり、視界の歪みも収まって、姿勢を正す。
お客様の持っていた、人形に蒼白い火が灯り、それは瞬く間に、人形全体を覆い、火から炎へ変わる。
だが、触れている髪や手に影響はなく、炎が人形以外に、燃え移る事はなかった。
そんな事はお構い無しで、頭に響く声は、目の前の女性とは違い、 艶があり若々しいく感じる。
女性は、燃える人形を持ったまま、相も変わらず動かない。
そんな女性を見て、巫女子の自然だった笑顔は、口の端がピク付き始める。
『我が尾さえ戻れば、人間共に奪われ衰えた力も、元に戻ると言うもの!コレでようやく、奴らへかつての雪辱を……』
ブツブツと、負の念が混じっていそうな、声が頭に響く。
そんな傍から見たら異常な光景に、さっきとは違う頭痛を感じ、軽く頭を抑える。
事情は何となく予想つくけど、尻尾と言い、この頭に響く声も……。
なんか物騒な言葉も聞こえたし。
恐らく過去に何かしらの因縁でもあるのでしょう。深入りするつもりは無いけど。
絶対に面倒だから。
「お客様は、お狐様だったのですね」
『ぬぅ!?なんじゃお主!ワシの声が聞こえておるのか??』
不思議ね、彼女は動いてないのに、聞こえる声が素直すぎて、動きがわかるわ……。
思ってもいなかったのか。
はたまた、失くした自分のモノが見つかり、舞い上がっていた
話しかけられた事で、目を丸め、冷や汗を流しながら、驚き焦っている
「はい、聞こえています。姿までは見えていませんが」
実際、目に映るものは燃え尽きた人形。
そして、変わらず瞳孔の開いた焦点の合わない眼で、俯く女性の姿だけだった。
『コホン……き、聞こえているなら話は早い』
ハッキリと口でコホン、って言う人を初めて見たわ。人じゃなくて狐だけど。
『単刀直入に言う。その尾は本来、ワシの物じゃ……。故にすべからくワシに返すべきじゃろう?』
尚も姿は見えない。
しかし明確に部屋の空気が変わる。
殺気とも違うが、体に重りが乗ったような息苦しさ、そして全身が凍てつく感覚が襲う。
しかし……。
「いえ…それは出来ません。
こちらは一度、
ここへ現れた以上、元がどうあれ、お客様のモノでは無くなったことを、ご理解ください」
普通の人であれば、卒倒しても可笑しくない。
殺気にも近い、凄まじい重圧の中、私は姿勢を正し、一切動じることなく、
『……!お主、なかなか肝が据わっておる。否、異常とも言える精神力ゆえか、一切の手心なく威を向けたつもりじゃったが、
やはり、ワシも衰えたかのぅ?』
姿は見えずとも、巫女子の毅然と振る舞う態度が、面白かったのか、声だけのお狐様が、
また空気が変わったわね。
ひとまず話の通じない方ではなかったことを、喜ぶべきかしら。
暴れられること無く、穏やかに終わった事に、ホッと肩を撫で下ろす。
「ここ
例え相手が、最高神であれ、その規則だけは揺るがない。
もしお客様が対価を払わず、奪う様な事があればその品は、例外はあれど、基本的に因果から永劫になくなってしまう。
故に、同価以上の交換だけは、絶対遵守しなければならない。
『ふむ、対価か……。しかしワシは人の世の対価なぞ持ち合わせておらぬ』
先程までの重圧も、凍てつく感覚も無くなり、入ってきたとき同様、涼しくも心地の良い空気へと、戻って行った。
「我が
『ほう、では此処において対価とは何を指すのじゃ?』
対価について興味があるのか、お狐様の声色が明確に明るくなと、
今まで一切動くことが無く、下を向いていた女性の顔が、ぎこちなく顔を上げる。
この女性は、お狐様の感情に反応して動くのかしら?……相変わらず瞳孔は開きっぱなしで、焦点合ってないけど。
「此処、
あるかは兎も角、お供え物や祠、それ以外にも所有してるモノは全て、
お狐様の記憶や腕、脚、臓器、……果ては、お狐様の存在でさえも」
目の前の女性を見据えて、不敵に微笑む。
お狐様も、それを面白がっているようで、女性の顔は口角だけが上がるが、眼や眉は一切笑ってない。不気味過ぎる顔が出来上がっていた。
すごい顔ね……。
まるで呪いの人形みたいだわ。
『なるほど、ワシが持つ全てを対価として扱える……と……』
「勿論その方の事も、お狐様の裁量で扱えるのでしたら、対価になり得る、と補足しておきますね」
それを聞いたお狐様の気が、良くなった故か、女性の口角が上がったまま、徐々に眼が見開きより不気味さが増して行く。
ますます呪いの人形じみてきたわ。
まだ死んでは居ないようだけど、彼女の意識はどうしたのかしら?
常に流動している、因果の中に存在するこの場所において、"死"とは、
即ち、過去/現在/未来、その全てから"存在そのモノ"が消える事を意味する。
それは"産まれた"、と言う
それまでやってきた事は、全て"身近な別の人達"の行動として、世界に記録される。
若しくは、その事象自体が、消えてしまう。
全ての分岐世界において、その人が"存在していない世界"が、出来上がってしまう。
当然、対価として扱う事も出来なくなる。
『そうか、なら
死を待つ身であったこやつを、ワシが貰い受けた故、ワシの"所有物"としては、問題なかろう』
「では改めて、何を対価と致しますか?」
すると、また空気が変わる。
しかし先程とは違い、凍てつく空気ではなく、どこか澄んだ、淀みのない空気へと……。
『当然、
ようやく……。では無いんだけど、まぁこれを伝えるのは野暮ね。
その時、尻尾の光が紫色から白へ変化する。
これは差し出される対価が釣り合った証だ。
彼女の存在が、この尻尾と同価以上である、と世界が、
同時に、お狐様の姿が透けてはいるが、しかしハッキリと視界に現れた。
女性の身体も尻尾と同じ様に、白く光りだす。
「………!!ァん゙んッ!対価とされたその方が、同価以上だと認められたようですね。
その証に、お狐様のお姿も透けてはいますが、見えるようになりましよ」
目の前に現れたのは、絹のような透き通る肌に、整った顔立ち。
真っ直ぐと、腰まで伸びた琥珀色に輝く、綺麗な髪。
ピンッと張り、内側が雪の様に白く、美しい耳に、銀色に輝く
琥珀色の紅葉が描かれた白い着物を
配置的に一本足りないが、残った二本の尻尾は、先が銀色に輝き、
揺らめく
姿が
『む!そうか、ワシから所有権が無くなり始めておるわけじゃな』
凄い美人、これほど整った人の姿は、あの方以外見たことがないわ。
まるで絵に書いた様な、理想そのモノの姿。
それは、店主が過去に出会った"
だが……。
例えどれほど美しくても、実体がないままでは商品に触れることはできない。
持ち帰ったり自身の一部にする、と言った事は不可能となってしまう。
「しかしこのままでは、触れることは叶いませんので、ここは一つ」
どこからとも無く、一枚の
すると、周りに
『それは困るが、今のワシには、現界できる程の力は残っておr……!』
巫女子の周りに漂う光を見ると、お狐様は驚き、喋っていた言葉を詰まらせる。
今度は、お狐様が絶句し、口を開けたまま固まる。
『なんじゃ、その力は!これではまるで……』
何を言おうとしたのか、一滴の垂らした冷や汗を、口で受け止め
そんなお狐様を見て、巫女子は不敵に笑い、言の葉を
「写セヤ映セ、
凪グ
次の瞬間、漂っていた光は私から離れ。
お狐様の周りを漂い始める。
そして最後には、お狐様の中へその光は消えていった。
『なっ!!ワシの体が、失っていたワシの身体が戻って行く!!」
全ての光が、お狐様の中へ消えると、実体なく透けていた身体は、ハッキリとその姿を、現世へ現わす。
「…ッ……」
驚きのあまり、自分の体を見たまま、再び絶句し固まるお狐様。
「これで、現世への干渉問題はなくなりましたね」
この様子は、何を言っていいかわからない
って言うより、驚き過ぎて私の声は届いてなさそうね。
無理もない。
長きにわたり体を失い、戻す方法もなく悩み、一途の希望を抱えてここへ来た、さなか。
それを平然と、鼻で笑うかのような、まるで当然の如く。
"
「おっお主、ワシの封印を解いたというのか!?
ワシの身体は、かつて封印され、今なお
焦りから汗を垂らし、開いた口が塞がらない様子のお狐様。
その姿を、真っ直ぐ見たまま、深く息を吸い、お狐様が落ち着くのを待たずに切り出す。
「私は、お狐様の封印を解いたわけではありません」
封印は解かれていない、と言われより理解ができなくなる様子で、戸惑いはより大きくなっていく。
「では!なz…」
自身の体を見ていたお狐様は、眼を見開いたまま咄嗟に顔を上げる。
しかし、私はその言葉を遮って続ける。
「封印を解いたのではなく、一時的に実態がないという"事実"を捻じ曲げ、
実体の"虚像"を、この場に映し出しているにすぎません……要は噓です。因果、歴史そのものを偽っているんです」
お狐様の身に起こったのは、封印が解かれ"実体が戻った"のではなく。
因果に干渉し、封印され"霊体である"、という事実を捻じ曲げ、
封印はされたが"実体はある"という、噓に塗り変えたにすぎない。
その虚像は、夜の
おかしくはない状態なのだ。
封印が解かれていない証に、お狐様の首には
「これが、虚像……!本物と遜色のない虚像など……」
"虚像"である、と言われた自身の身体を触り感覚を確かめた後、少し考えてから、改めて私の方へ向き直る。
「お主、何者だ?それ程の力を、難なく振るうなぞ、誠に人間か?」
冷や汗を流し、喉を鳴らして、私の目を真っ直ぐと覗き込む。
「えぇ、私はこの、
ただの人間ですよ」
お狐様と真っ直ぐ眼を合せて、向ける微笑みに影が差す。
「……!?」
瞬間、お狐様は本能でナニカを感じたのか、二本の尾と耳が逆立つ。
吹き出し流れる冷や汗と共に、巫女子を見据えるその眼には、
「そうか、人間か……。
止まらない冷や汗を指で拭い、お狐様は目を閉じると同時に、フッと笑う。
少しづつ、逆立った毛が戻って行く様を、
目の端に商品の尻尾、そして対価となる女性を、交互に見ながら述べる。
「何が原因で姿が戻るかわかりませんので、
早いところ済ませてしまいましょう」
そう言って、条件が整い光る尻尾を箱から取り出すと、光は収まっていき、小さな光の粒へ変わる。
「スゥゥハァァァ……。うむ、そうじゃな!」
お狐様は目を閉じ、大きく深呼吸をした後、姿勢を整え
「では、こちらの商品に触れていただければ、即座にお狐様の物となります」
巫女子は両手で持った狐の尻尾を、ゆっくりと差し出し、お狐様がそれに触れる。
すると触れられた事で、購入が確定した尻尾は全体を光の粒へ変え、お狐様の
同時に、対価となった女性の姿も、光の粒へ変わり、手元に集まると、小さな人形へと姿を変える。
「これだ!懐かしい……。かつて、
さっきまで、普通の黄色と白だった尻尾は、お狐様の元へ戻る。
すると隣接する二本と同じように、先端が銀に輝く金色の尻尾へ見た目が変化した。
お狐様と一つかになることで、変化するのか、本来はお狐様と別の方のモノ、だったのか。
真相は、
そんな事を考えつつ、巫女子はお狐様の様子を伺う。
「これで、お取引は完了となりますが、お加減はいかがですか?」
"存在"と書かれた人形を見ていた顔を上げると、お狐様は元に戻った尻尾を、愛おしそうに撫でていた。
これは私の声、届いてないわね。
お狐様が戻った尻尾に気を取られている間。
静かに手元の人形を商品とするために札を貼る作業をしていた。
暫く、お狐様のうっとりとした見た声が、部屋を包む中、気が済むまで、お狐様を黙って眺めながら待っていると。
「はぁぁ、我が尻p・・・ぬぅあ!?おっお主!見ていたのなら、はっ話しかけよ!!」
微笑んだまま、ずっと見られていた事に、
気づいたお狐様は、真っ赤にした顔を、両側の尻尾で隠し真ん中の尻尾は、クルクルと回っていた。
お狐様にも可愛い所があるわね。
たまに不穏な言葉が聞らこえる気がするけど、そこは、触らぬ神に祟りなし……ね。
狐だけど。
「失礼しました、お加減は良さそうですね」
するとお狐様は軽く咳払いをし、熱を帯びた顔を収めようと、手をパタつかせ、風を送りながら話す。
「うむ、ワシの力も全盛の頃へ戻り、まだ馴染み切ってはおらんが、今はすこぶる快調じゃよ!!」
その時、満面の笑みを浮かべるお狐様の周りに、突然として狐火が灯りだす。
「む?丁度、馴染んできたようじゃな」
現れた狐火を見て、満足気に笑い、少ししてから向き直ると、姿勢を正し頭を下げる。
「此度は、助かった礼を言う」
笑顔から一転、お狐様は真面目な
顔を上げたお狐様は、どこか悲しそうな顔をしていた。
「どうかしましたか?」
そう問いかけると、お狐様は目を閉じ、息を大きく吸い込んでから、口を開く。
「主には迷惑をかけた故、尾を探していた
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