第7話

 現在、悟円はベッドの上で身動き一つできずにいた。

 昨日、気の訓練をしつつ、せっかくだから身体も鍛えてみようと、気を纏ったことで向上した身体能力そのままに筋トレをした結果、一時間ほどでぶっ倒れてしまったのである。


 原因は気の枯渇。つまり慣れていないのに、気を使い過ぎてしまい空っけつになってしまったのだ。知識にはちゃんと気を扱うリスクの説明があったのに、熱中し過ぎて我を忘れ過ぎたのである。


 それだけならまだ良かったが、翌日は身体が悲鳴を上げていた。いわゆる筋肉痛である。無理もない。それまで筋トレなんてしてきていないのに、気で無理矢理筋肉を活性化させて働かせていたのだ。その反動が来るのは当然のこと。


「うぅ……情けない」


 筋トレをしまくったという悟円の発言から、父の判断で恐らくは筋肉痛だろうと言われ、今日一日はゆっくり休養することを義務付けられた。


(家族に心配かけたな。反省しないと)


 もっと賢い立ち回りが必要になる。これからさらにいろいろ試していくなら猶更だ。


(でもまあ、大体自分の気の量も分かったし、ただ転んだだけじゃなかったぞ)


 常に失敗から何かを学ばないと反省にはならない。


(寝てるだけってのももったいないし、この状態でもできることは……)


 膨大な知識の海へと潜り、今の自分のためになるようなものがないか探す。


(こうして探ると、僕っていろいろな世界でいろいろな人生を歩んでたんだなぁ)


 ただ一つ言えるのは……。


(そのどれも、最期はマジで悲惨な終わり方ばかり……)


 あの女神が言っていたことは確かのようだ。悔し涙を流しながら息絶えた者もいるし、怒り狂いながら果てた者もいたりする。

 ただ一人としてハッピーエンドを迎えた人物がいないというのは、本当に自分という魂は呪われているのではなかろうかと思えてしまう。


(……お! 魚人だった時もあるのかぁ)


 〝人〟ってついているから、確かに〝人種〟ではあるだろうが、そういうことなら他にも種族的に変わったものもあるかもしれない。

 そうして探してみれば、ポツポツとただの人間ではない種族も経験してきたことが分かる。それらの知識も使い様がありそうで嬉しい。


(前の人生じゃ、カナヅチだったし魚人の知識は嬉しいかも)


 そんな感じで、知識は前ではできなかったことを補ってくれる。


(それにしても、こうして探っていて分かるけど……前の僕みたいに何の才能もないような人はいないんだなぁ)


 一つ目の人生では、可もなく不可もなくといった普通を絵に描いたような人間だった。得意なことも不得意なこともない。成績もど真ん中で悪くもなければ良くもない。

 きっと他の人間から見ても、何ら面白みもない存在だったろう。実際に友達とギリギリ呼んでもいい人物はいても、親友なんて誰一人いなかったし。


 もちろん恋人なんていなかったし、性格もどちらかというとネガティブな方だったから。


(今度の人生は、そんなんじゃダメだよね)


 何せ、多くの魂の知識を背負い、それが報われるような人生を歩むと決めたのだ。せっかくの女神の厚意や、この知識を無駄になんかできない。


(……はぁ。今のところ、この状態でできることはあまりないかな。こうやって知識を深めていくだけだ。いいや、それでもしないよりはずっといいよね)


 一日一日を大事にするためにも、自分のできることはしていこう。

 そうして時間を忘れて知識に寄り添っていると、不意に声が聞こえてきた。


「……っくん…………ごっくんっ!」


 ハッとすると、声がした方向には琴乃がいた。


「こ、琴姉……ちゃん?」

「うん! もう身体、だいじょーぶ?」

「大丈夫だよ。ちょっと身体が痛いだけだし……って、何でいるの?」

「何でって?」

「だって琴姉ちゃん……学校は?」

「何言ってるの! もう夕方だよ!」

「……え?」


 壁に掛けられている時計に目をやれば、確かに午後五時を過ぎていた。


(もうそんなに経ったんだ……!)


 てっきりまだ一時間くらいしか経っていないと思ったが、どうも意識は深く沈み込んだまま知識を探っていたみたいだ。こんなに集中したのも久しぶりかもしれない。前世では読書が好きで、本を読んでいる時は時間を忘れることはよくあった。


「そうなんだ。おかえり、琴姉ちゃん」

「えへへ、ただいまー。それでね聞いてくれる? 今日学校でさぁ」


 それからしばらく琴乃の学校での出来事を聞かされた。女の子はお喋り好きなのは知っているが、途切れることなく次々といろんな話をしてくる。

 悟円は、楽しそうに話す姉に「うんうん」と相槌を打つ。


「それでねぇ、先生ってば――」


 その時だ。バンッと勢いよく扉が開いたと思ったが、物凄い速度で小さな影がベッドの傍まで駆け寄ってきて、その近くにいた琴乃を吹き飛ばした。


「――ごえんくん……だいじょぶ?」

「え? あ……えと、空絵ちゃん?」


 まさかこんなに俊敏に彼女が動けるとは。というよりも……。


「ちょっとぉぉぉ、いきなり何すんのぉ!」


 吹き飛ばされた琴乃が怒声を上げる。


「……いたの?」

「いたよ! ていうかずっといたしぃ! ていうかあやまってよぉ!」

「……ごめん。でもジャマだった」 

「むぅぅぅ! あたしジャマなんかじゃないしぃ!」


 またも二人して昨日の再開である。


「ほらほらアンタたち、見舞いに来たってのにうるさくしてどうすんの?」


 扉の方を見ると、呆れたように肩を竦めている佳菜絵の姿があった。そんな彼女が悟円に近づいてきて、スッと額に手を当ててくる。


「ん……熱はないようね」


 別に風邪で倒れたわけではないので最初から熱はない。ただの筋肉痛なのだから。気もゆっくりと休養できたお蔭で回復している。


「こんばんは、おばさん」

「おば……だから前に佳菜絵さんって呼びなって言ったでしょ?」

そういえばそうだった。次から気を付けよう。

「明日は来れそう?」

「うーん、多分大丈夫かな」

「そりゃ良かった。というか筋トレしてぶっ倒れたって聞いて笑ったわよ。何でそんなことしたの?」

「あー……マッチョになってみたかった?」

「何で疑問形なのよ。アンタにはまだ早いってば。もう少しおっきくなったら正しい筋トレ教えてあげるから、それまで我慢しな」


 悟円は「はい」と素直に答える。


「それにあまり無茶してると、この子が悲しむしね」


 空絵に視線が向く。確かに心配そうにこちらを見ていた。


「ごめんね空絵ちゃん、心配かけちゃって。もう大丈夫だから」

「……ほんと?」

「うん。明日は幼稚園に行くからね」

「……やくそく?」

「ん、約束だよ」


 まだ筋肉痛には悩まされているだろうが、大分マシにはなっているはずだ。何せまだ若いのだから。これが中年になったらそうはいかない。まあ年を取ると、筋肉痛はその日や翌日ではなく、数日後にやってくるらしが。しかも治りも遅い。

 空絵は悟円の言葉で満足そうに頷いた。


 それから空絵たちが帰っていくと、母が作ってくれた煮込みうどんを食べて、またすぐに横になり朝まで動くことはなかった。



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