第4話

 新山香織、二十五歳。職業――幼稚園教諭。


 子供が昔から好きで、将来の夢を実現した現在彼氏募集中の女性である。

 そんな彼女は、今まさに目の前で起こったことを見て唖然としていた。

 その視線の先にいるのは二人の可愛い園児。


 一人は無口で感情が読み取りにくいことが特徴だが、とても愛らしい顔立ちをしている愛原空絵。彼女はあまり多くの子と交流せずに、特定の人物だけに懐き、いつもずっと一緒にいる。


 可愛いので、一緒に遊びたいと女の子からも男の子からもアプローチがあるが、その都度断って、たった一人のもとへと駆け寄っていく。先生である自分もまた、何度も断られており悔し涙を流していた。


 そしてそんな彼女のハートを射止めている人物こそが、今彼女の傍にいる万堂悟円である。


 聞けば母親同士が幼馴染で、あの子たちが赤ちゃんの頃から交流があるらしい。そのせいか園内では、いつも一緒にいる。とりわけ空絵の悟円への依存率が高い。表情には出さないが、絶対に空絵が悟円のことを好きなのは明白だ。


 悟円もまた空絵のことを邪険にせずに、今みたいに絵本を読み聞かせたりして面倒を見ていることが多いのだが、最近は少し空絵がべったりし過ぎて鬱陶しそうだったはず。


 この年代から、男と女ということを意識する子も出てくる。先ほど二人の前に現れた奥田慎太郎くんが良い例だ。

 アニメとか漫画とかの影響もあったりして、性別の違いだけで恥ずかしく思ったり、イライラすることもあって、男女分かれて遊ぶということも多い。


 だから別に珍しい光景ではないのだが……。


(悟円くん……あんなに喋る子だっけ?)


 実は彼、空絵ほどではないが、あまりハキハキとものを言う子ではなかったのだ。

 はしゃぐ時ははしゃぐ子ではあるが、あれほど軽やかに喋り、ましてや慎太郎をコントロールするような話術は持ち合わせていなかったはず。いや、五歳児ができることではないと思う。


 実際に悟円の言い回しを聞いて、大人であるはずの自分が感動したほどだ。

 ここで普通なら、言い合いに発展してケンカしたり、悟円が慎太郎の言い分に押され空絵を放置してしまうというパターンがほとんどだろう。園児では、丸く収めることなど到底できるはずもない。何かした遺恨を残す結果になってしまう。


 それがどうだろうか。二人の時間を潰そうと現れた乱入者である慎太郎を怒らせることなく追い払い、かつ、空絵の機嫌をも損なわずに平和な解決を生んだ。


 園児にしては見事としか言いようがないほどの立ち回りだった。しかも、だ。空絵と仲良く会話しつつ、時折サッカーをしている慎太郎の方を一瞥し、目が合った時は軽く手を振り、ちゃんと見ていることを伝えるという心遣い。


(悟円くん! 君に一体何があったの!?)


 明らかに大人顔負けの対応を見せている彼に、香織への衝撃は大きかった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る