第2話

 いまだ寒空の下、月を眺めながら改めて自分――万堂悟円としての自分を見つめ直す。


(うーん、こうして記憶が戻ってるってことは、間違いなく特典はもらったんだろうけど……ちょっと試してみるか)


 悟円はスッと瞼を閉じると、脳内に秘められているであろう記憶の扉を開いてみた。

 すると、そこからまるで濁流のように様々な記憶が溢れてくる。


「――っ!?」


 その情報量の多さからか、凄まじい頭痛が走り、思わず両膝をついてしまった。このままではマズイと思って、流れてくる記憶の扉を閉じた。


 すると――。


「――ごっくんっ!?」


 後ろから甲高い声が響き、悟円に駆けつけて身体を支えてくれた人物がいた。

 先ほどまで幸せそうに寝息を立てていた姉――琴乃である。


「どうしたの!? どっかイタイの!?」

「こ……と……姉ちゃ……っ」


 これはタイミングを間違えたようだ。まさか彼女が起き上がってくるとは。いや、それ以前にここまで〝記憶の逆行〟のダメージがキツイとは浅はかな行いだった。もっと少しずつ引き出せば良かったのだが、一気に情報を求め過ぎてしまった。


「ごっくん! ねえ、だいじょうぶ!? お、お母さぁんっ、お父さぁんっ! ごっくんがぁぁぁっ!」


 その叫び声の後、すぐにドタドタと足音が聞こえてきて部屋の扉が開いたと思ったら、そこから二人の人物が姿を見せて駆け寄ってきた。


「悟円っ!? 一体何でこんな真夜中にベランダに出てるんだ!」


 一早く駆けつけた父――成悟が、すぐに悟円の小さな身体を抱きかかえると、そのままベッドの上に運んだ。

 琴乃と同じように心配そうに近くで見守っていた母――結乃が、部屋の電気を点けた。

 三人がベッドを囲みながら悟円を見つめている。


 成悟が琴乃に何があったのか聞いたが、ベランダにいる悟円が辛そうにしていたことだけしか知らないと答える。

 真っ赤な顔をした悟円の額に成悟が手を当てた。


「凄い熱だな……結乃、体温計を」


 すぐに部屋の中にある戸棚の引き出しから体温計を取り出すと、それで悟円の熱を測る。それは接触させなくても近づけるだけで測れる最新の温度計だった。

 ピピッと音がなると、液晶に体温が表示される。


「……三十九度か……高いな」


 どうやらこの小さな身体では、一気に情報の大量取得は無理があったようだ。恐らく一時的な知恵熱のようなものではあろうが、それでも身体から火が出るように熱い上、物凄く気怠い。


「病院に連れて行った方が良いわよね?」


 そう不安そうに口にするのは結乃だ。


「…………大丈……夫……だよ」

「ごっくん!?」

「ごーちゃん!?」


 琴乃と結乃がそれぞれ悟円の名を呼んだ。

 比較的冷静な成悟が、優しく「どうだ、どこか痛いところはあるか?」と尋ねてきた。


「ううん……ちょっとしんどいだけ。……少し寝てたら大丈夫だと思う」


 実際こうして横になっていると、段々楽になってきている。


「ん……確かに身体は熱いが、顔つきはそこまで辛そうじゃないな。目の充血もないし、舌の色も普通。呂律も回っているし咳も鼻水もない。恐らくは子供特有の一時的な発熱だろうな」


 もう一度、悟円の額に手を当てながらその表情をジッと観察してくる。


「で、でも何か悪い病気だったりしたら……!?」

「落ち着け、結乃。子供が比較的熱を出しやすいことは知ってるだろ?」

「そ、それはそうだけどぉ……」

「今日はこの子の誕生日だし、そのせいで昼間は随分とはしゃいでたからな。興奮疲れから来る発熱で間違いないと思うぞ。だから水分を取ってちゃんと眠っていれば、朝には熱も下がってるさ。もしまだ熱が下がってなければ病院に行けばいい」


 凄く頼りになる父親である。しかしそれもそのはずだ。成悟の職業は小学校の教師。毎日子供を相手にする仕事だからこそ、子供のことをよく理解しているのだ。


「ねえねえ、ホントにごっくんはだいじょーぶなの?」

「ああ、心配しなくてもいいぞ琴乃。な、悟円?」

「うん、大丈夫。心配かけてごめんね、琴姉ちゃん」

「そっかぁ、よかったよぉ、ごっくぅん」


 心の底から安堵したような表情を浮かべる琴乃を見て、本当に弟のことが好きなのだということが伝わってくる。だから逆に心配をかけてしまい申し訳なく思う。

 家族の温かさに触れていると、思わず懐かしくて涙が出そうになってくる。前世でも当然家族と過ごしていたが、一人っ子であり両親も共働きで忙しく、あまり家族としての思い出がなかったのだ。


 運動会や参観日といった行事も顔を出せなかったり、出してもすぐに帰ったりと子供ながら寂しい思いを抱いていたことを思い出す。

 こんなふうに熱を出して寝ていても、両親が看病してくれたわけではなく、近所のママさんとかに頼んで世話をしてもらっていた。


 また悟円が中学に入ると、仕事と家事のバランスで衝突した両親は結果的に離婚することになり、悟円は父親に引き取られたが、それからも父とはすれ違っていた。そしてそのまま大人になり、結局家を出て一人暮らしをして、両親との温かい思い出など皆無だった。


 だからか、こんなふうに自分のために心配そうに見守ってくれる家族の温もりに胸が締め付けられる。

 それから一応用心のためにと、悟円も親の寝室で一緒に寝ることになり、そこへ琴乃も一緒がいいと言うので、久しぶりに家族全員で床に就くことになった。


 そしてそのまま朝を迎えると、深夜に倒れたと思えないほど身体が軽く、熱もすっかりと下がっていたので、家族皆で朝食をとることができた。


「でも本当に良かったわぁ。せっかくのごーちゃんの誕生日を元気に祝えないところだったもんね」


 ニコニコと嬉しそうに笑みを浮かべながらトーストをかじる結乃。


「ねえねえ、パーティはいつするの! プレゼントは!」


 目をキラキラさせて言う琴乃に対し、成悟が苦笑を浮かべる。


「こらこら、お前の誕生日じゃないんだぞ」

「むぅ、知ってるもん! でもケーキは食べられるんでしょ!」


 なるほど。どうやら姉は甘いものが目当てのようだ。確かに子供にとってケーキはご褒美としての価値が高いかもしれない。


「お誕生日会は夜にするわよ。だからことちゃん、お料理作り手伝ってくれるかな?」

「うん! ごっくんのために作るぅ!」


 今日は幸いなことに祝日ということもあって、幼稚園も小学校もお休みである。成悟も家族の誕生日などの特別な日には有給休暇を取って家族サービスをしてくれる良いお父さんだ。だから今日は家族みんなでいられる。


「よし、お前たち、今日は一日ゲームに付き合ってやるぞ」

「やったー! お父さん、大好きぃ!」

「ははは、俺もお前たちのこと大好きだぞ」


 琴乃の笑顔に応えるように成悟も白い歯を見せる。こうして改めて見ると、父もそうだが母である結乃も優れたルックスをしている。

 琴乃も美人の結乃に似ており愛らしい顔立ちをしていて、きっと大人になれば男が放っておかないだろうことは予想できた。


 爽やかイケメンである成悟の血を引いている悟円なので、悟円もまた将来性は高いが、今はどちらかというと可愛いといったような面相をしている。

 朝食を食べ終えると、成悟が言っていたようにリビングにあるテレビで、家族みんなでゲームをすることになった。そして本当に一日をずっとゲームして過ごすことになったのである。




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