第44話
カークが顔をあげた。
「小隊長。そなた、何を言いたいのだ?」
「私はね。夢魔が見せる夢のなかで見た。皇帝陛下が人を使って、おれを暗殺しようと計画なさっておいでのところを」
「陛下がなぜ、そなたを亡きものになどされようというのだ?」
「私がミラーアイズを持っているからです」
その瞬間、カークはうなり声をしぼりだした。これまでの疑念がいっきに形をとって凝り固まったかのように。
「ミラーアイズを持つ者は天子に謀略が行われたとき、神々の審判をもたらす代行者となる。ユイラ宮廷に古くから、そう言い伝わる。しかし、まさか、そなた……」
昨夜の夢でも、皇帝はそれに近いことを言っていた。
神々の審判——つまり、天罰だ。時の帝に天罰というのだから、もちろん、ただの謀略ではない。この場合、前皇帝を現皇帝が
若い皇太子のとつぜんの死。落胆した皇帝のあいつぐ死。末の皇女を妻にして即位した現皇帝はミラーアイズを恐れている。
そこからひきだされる答えは一つ。ウワサは真実だったのだ。
(それで、おれを狙うのか)
これで納得がいった。それならば、辺境の傭兵にすぎないワレスが、この国でもっとも尊い皇帝から命を狙われるのも理解できる。
ワレスはカークのおもてを見なおした。尊大な都の役人。夢のなかで語りあった悩み多き青年。皇帝の忠実な臣下。ほんとの顔はどれであろう。
「ミレイン卿。どうやら、私はあなたを誤解していた。それは認めます。だが、今だからこそ、腹を割って話しませんか?」
「というと?」
「あなたは皇帝陛下に頼まれて、私を殺しに来たんじゃありませんか?」
カークは口をぽかんとあけて、あぜんとする。
「ちょっと待ってくれ。小隊長」
「ハシェドたちは信じてくれなかったが、このところ、私の命がおびやかされていたのは事実です。毒入りのお茶。バルバスは私のためにしかけられた毒針で死んだ。ラグナが襲われたのは、友人の死の真相をつきとめようとしたから、犯人のジャマになった」
「あれは私のせいではない!」
「ほんとに?」
「そう、たしかに……私は陛下にはもったいなくも、とくに親しくしていただいている。学生時代、友人がいなかった私にも、ゆいいつ、いくどか親密に言葉をかわしたお相手がある。エニティさまは太陽。だが、私と同じ目をしたあのおかた……ヒースさまにこそ、自分と通じるものを感じた。上辺だけのとりまき連中を嫌い、あのかたはどんなときも一人でおられたから」
ワレスも知っている。和気あいあいと友人たちにかこまれた皇太子とは対称的に、つねに一人だったあの皇子。とても暗い目をしていた。あれは、ワレスも知っている目だ。
ワレスがルーシサスを愛しながら憎んだように。憎みながら愛したように。彼もまた同じ皇子でありながら、自身とは正反対のエニティ皇子を……。
「太陽に嫉妬する月……か。我々は似た者どうしなのかもしれませんね。カーク」
カークもまたマレーヌを愛しながら、憎んでいた。
「そなたが似ている? 私に? それは違うだろう」
「いいえ。嫉妬していましたよ」
同じ年に生まれ、同じ男で、同じブロンド。でも、どうして、ルーシサスはあんなに綺麗なのか。まっさらで、しみ一つない無垢な魂を持っていられるのか。悔しかった。ルーシサスのようになりたかった。
「ヒース皇子の気持ちはわかる。だが、みすみす殺されるわけにはいかない。カーク。あなたが暗殺者じゃないなら、どうして私のことをかぎまわるのです? あなたの態度はじっさい、おかしい。だから、私はあなたを疑った」
カークは困りはてた顔で嘆息する。
「……ほんとは、これは本人に言ってはならない決まりなのだ。しかし、そんなふうに疑われているのは、私もやりにくい。私が告げたことを内密にしてくれるなら、明かそう」
「もちろん、約束しますよ」
カークは再度、吐息をついてから告げた。
「私は審査官だ」
「審査? なんのです?」
「正騎士認定のためのだ」
「正騎士——」
あまりにも思いもよらない答えに、ワレスは愕然とした。
「そなた、先月、ランディから騎士の位を授与されたろう? ランディはそれを国家の正式なものにするため、陛下に嘆願書を出した。私は陛下の命を受けて派遣された、正騎士認定の審査官だ」
「つまり、私が正騎士にふさわしい人間かどうか、見にきたのだと?」
「正規隊では中隊長以上になると、砦の視察という名目で、まれに審査官が赴くのだが、傭兵では、まずないからな。そなたは気づかなかっただろう?」
サムウェイの忠告はコレだったのだ。彼は正規隊だから、ワレスの話を聞きたがるカークの正体に、すぐに察しがついた。暗殺者だと勘違いしたワレスが聞き流していたので、サムウェイは笑っていたのだと、今になって理解できた。
「サムウェイは気づいていましたね?」
「おそらくな。私は初め、そなたを気に入らなかったので、失格にしてやろうと考えていたが」
「今に見ていろというのは、そういう……」
カークはバツが悪そうに笑う。
「おまえだって、なかなかの態度だったぞ」
「それはまあ」
しかし、だとすると、ワレスを狙う暗殺者は誰なのだろう?
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