第19話
「おれにも聞いてきたぞ。おまえは砦で有名な兵士だから知りたいのだと言っていたが、どうだかな。ほんとに視察なら、もっと人数をつれてくる。そうだろう?」と、ギデオン。
「私の何について調べていましたか?」
「おれの受けた感じでは、弱みを探しているふうだったな」
ニヤリと笑いながら、ギデオンは身をのりだしてくる。ワレスのあごに指をかけ、
「おまえの弱みなら、おれが知りたいくらいだ」
「中隊長……」
ギデオンはワレスを離す気はないらしい。それどころか、じょじょに近づいてきて、もう片方の手を肩にまわしてくる。
「お話はおすみですか?」
「まあ、待て」
ギデオンの手が襟にそっておりてくる。なにしろ井戸端なので、本気であらがうとバランスをくずし、二人とも井戸に落ちる危険性があった。
「こんなところを兵に見られるのは、中隊長にとっても望ましくないのではありませんか?」
「ぐうぜん誰かが通ると思っているなら、おまえも甘いな。出入り口を見張っているのは第一小隊だ。おれが帰ってくるまで誰も通すなと命じてある」
またもや、してやられたのだ。
立ちあがろうとすると、ワレスの肩にかけていた腕に力をこめ、ギデオンがひきもどす。その手をふりはらおうとして、彼の背後に見える井戸の深さに、一瞬、ちゅうちょする。
ギデオンがワレスを追ってここまで来たことは見張りの兵士が知っている。もし、そのギデオンが井戸に落ちて死んだら、ワレスはとても困った立場になるだろう。
そんなふうに考えたのが悪かった。こっちがためらった一瞬のすきに、ギデオンは足をひっかけ、ワレスを地面にころがした。以前、仰向けに倒されたワレスがなぐりかえしたからだろうか。今回はうつぶせに押さえつけてきた。
こうなると、まずい。ギデオンに迫られるのはいつものことなので、ちょっと油断していた。今日はほんとに未遂ではすまないかもしれない。
馬乗りになったギデオンの下から逃げだそうと、あきらめ悪くワレスがもがいていると、塔のほうから聞きおぼえのある声がした。
「じゃじゃーん。壁ぬけの術。うふふ。怖いほど、なんでもできてしまう。わ、た、く、し」
ロンドだ。
なんで、こんなところにロンドが——とは思ったが、背に腹はかえられない。そのあいだにも、ギデオンが手際よく、ワレスの下着をはずしにかかっていた。
「助けてくれ! ロンド」
「あらん。ワレスさま」
事態がわかっているのか、いないのか、妙にのんびり、ロンドは歩いてくる。
「あっちへ行け! 魔法使い」
もちろん、これはギデオンだ。
ロンドはうらやましそうに、フードのあいだから指を入れてくわえている。
「いいなぁ。わたくしも……まざりたい」
「バカやろう! おれが喜んでるように見えるか? 早く助けろ!」
「意に反して殿方に組みふせられるワレスさま……ゾクゾクしますぅ」
イラついたようすで、ギデオンが怒鳴る。
「ジャマするな! あっちへ行け!」
あろうことか、ロンドは指をくわえたまま立ち去ろうとした。
「バカッ、こら! 行くな!」
フードの穴からのぞくベビーブルーの目には、よく見ると、おもしろがっているふしがある。
(こいつ……)
ふだん、ワレスが邪険にするので仕返ししているのだ。
しかたない。ワレスは戦法を変えた。
「わかった。ロンド。おまえもまぜてやるから、来い」
「あーい」
猫なで声を出すと、ロンドは一瞬のうちに反転して戻ってくる。ギデオンの無防備な背中にしがみついた瞬間、あたりに雄叫びが響きわたった。
「砦で鍛えたたくましい体……たまりませんぅ」
「離れろ! 妖怪!」
「ああ〜ん。悪口が生ぬるいですよぉ〜ん」
我慢ならなくなったのか、ギデオンが腰を浮かしたので、ワレスは大さわぎしている二人の下から這いだした。衣服の乱れをただし、石組みに置いたマントをはおる。
「心よりの忠告いたみいります。ありがとうございます。中隊長殿。では、私はこれにて」
「ワレス小隊長! これをなんとかしろ。このままにして行くな!」
「自業自得でありましょう?」
ロンドは遊び半分だから、放置しても害はあるまい。ワレスは清々して、その場を去った。
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