第16話


「私は事実を述べたまでだ。君の側仕えのエイドリアンは苦労しているだろうな」

「エイディは何も言わないが、そうかもしれない」


 少しひどかっただろうか。ランディがあまりにも昔のままの純粋さで、イライラする。言葉がきつくなるのはそのせいだ。


「すまない。どうも私は学生時代の気分で、ズケズケ言いすぎたな。今の君はただの貴族ではなく、国防の要の砦を守る城主なのだから」

「いや、いいんだ。悪いところがあったら、どんどん叱ってくれないか。心をゆるせる友人は、とみに少なくなった」


 ユイラの社交界は権力をなくした者に冷たい。

 カーク自身もいずれ父の爵位を継ぐ自分が、こんな辺境の砦に左遷されてしまったランディと、こうして今一度、会話するとは思っていなかった。

 この数年は多忙で過去を返りみるヒマもなかったが、あるいはマレーヌの友だった彼を見すてたという良心の呵責かしゃくが、心のどこかにあったのかもしれない。砦行きを断れなかったのは、そのせいだろうか?


 ランディは執務室に来ると、自ら扉をあけながら続けた。


「だもので、ワレス小隊長に近衛隊に入り、私の友人になってくれないかと誘ったのだが、断られてしまったよ。アトラーに敬遠されたみたいだから、気兼ねしたのかもしれないな」


 執務室には明るく灯がともり、紙の山が築かれた机と丸テーブルが見える。ランディがいないあいだも書記のガロー男爵が書類を片づけていた。


 このガロー男爵もマレーヌの友人の一人ではあったが、年齢がかなり離れている。そのため、男爵が健康をとりもどし、学年が変わってからは疎遠になった人物だ。幼少のころ、彼は病弱で、学校の初等部に入学するのが数年遅れたのだ。おせっかい焼きのランディがつきまとい、友人にしてしまったらしい。


 きっと、マレーヌも同様のあつかいを受けたのだろう。ランディは誰とでも、すぐにうちとける才能の持ちぬしだ。八つも年の違うカークにも、マレーヌの兄というだけで友人のようにふるまったのだから。


「そう言ってはアトラーが哀れじゃないか? 小隊長はアトラーと会う前から近衛隊への編入はこばんでいた。私が思うに、彼は今の部署が性にあっているのだ」と、ガロー男爵。


 ガロー男爵は、カークより少し年下。問題のワレス小隊長より二つ三つ若い。今は病弱な印象はみじんもないが、その性格形成に大きく影響したのだろう。慎重さが表情からうかがえた。

 男爵はランディに答えておいてから、カークにむきなおる。


「さあ、どうぞ。書類だらけで身の置き場もないですが」

「気遣いは無用だとも。しかし、忠告させてもらえば、君たち二人でこの量の書類に目を通すのはムリがある。せめて、もう一人、専門の書記が必要だ。寝不足で見れば、ミスもするだろう」

「でも、武官はともかく、文官でこの砦に来てもいいという者はなかなかいないのですよ」

「それで小隊長をそばに置きたいのかね?」


 男爵にとも、ランディにともなくたずねる。ランディは笑った。


「それではあんまり彼の才能が惜しい。彼に書類整理は似合わない」

「危機管理能力は高いようだね。が、どうも私は彼を好きになれない」


 ランディとエイドリアンは顔を見あわせた。

 ランディが肩をすくめる。


「あんなに魅力的なのに」

「一兵士のぶんざいで増長していると思うがね」

「そうだろうか? なんというか、迫力はあるが、でも、親しくなるほどに思いやり深いとわかる。彼の忠言は痛烈だが、いつも真実をついている。なぁ、エイディ?」

「たしかに歯にきぬきせぬ人物ではある。媚びない性格だな。私もあんなふうになれたらと、ときに思うよ。ただ、彼はガードが固いから……」


 言いかけてから、エイドリアンがじろじろとカークを見つめてきた。あきらかに、ぶしつけな眼差しだ。


「私に言いたいことでも?」


 男爵は可愛いお小姓の手からカップを受けとりつつ、さりげなく言った。


「嫌われましたね。ミレイン卿」

「私が? 小隊長に?」

「彼は親密になれば骨身をくだいてくれます。が、ひじょうに用心深い。最初は我々にも冷たく感じられるほど儀礼的だった。でも、失礼ではなかった。彼の観察期間中に、あなたが失態したのでしょう。信頼に値しないと見られたのですよ」

「私は嫌われるような態度はとらなかったが」


 秘密の仕事で来ているのだから、こっちだって慎重にふるまっていた。むしろ、しょっぱなから無礼な態度に出たのは小隊長のほうだ。


 すると、エイドリアンは面長の知的なおもてに皮肉な微笑を浮かべる。


「変わらないのですね。ミレイン卿」


 その言葉は、カークの胸を刺した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る