第10話



「おまえの部屋で変死だと?」


 ギデオンはあいかわらず、なめるような目つきで、ワレスを見る。

 六階からおりてくるだけにしては、えらく時間がかかった。いつも中隊長のあとについている飼い犬みたいなメイヒル小隊長がいないので、二人で何かしていたのかもしれない。


「誰もいないあいだに入りこんだらしいのです。ただいま、目撃者がいないか探させています。死体をごらんになりますか?」

「ああ」


 ねぶるようなギデオンの視線をふりはらうために、ワレスは彼に背中をむけ、一号室のドアをひらいた。


「見ない顔があるな」


 ギデオンは死体よりさきに、ミレインを見つけた。

 思わず、ワレスは舌打ちする。そういえば、すっかり忘れていたが、伯爵から客を預かったと、上官のギデオンに報告を入れておくべきだった。またイヤミを言われてしまう。


「申しわけありません。報告が遅れました。彼は皇都から砦の視察に来た官僚です。伯爵閣下のご意向により、私の隊でお世話しております。カーク・ル・ミレイン卿です」


 なぜか、ギデオンは深いため息をついた。

 イヤミが来るか——と、身がまえるワレスを、わけのわからない長い独白で見つめてくる。いろいろ、心のなかでは言っていたに違いないが、口に出しては一言だった。


「もういい。これからは気をつけろ」

「はい」


 調子が狂ってしまう。


(視察に来た役人の前だから遠慮したのか? まあ、それならそれで、おれは助かったが)


 しかし、先月といい、今回といい、たしかに近ごろの自分はケアレスミスが多い。先月も裏庭の事件の解決を任命されたと報告し忘れていた。苦手な相手だから、無意識にさけてしまったのだ。


(なんとか、コイツとの縁を切れないものか。今はいいが、いつまでも、このままで、あきらめてくれるわけがない。そのうち、ほんとに犯されるぞ)


 コイツとおれの関係は、彼……とのそれに似ている。真紅の瞳の聖者……。



 ——手を出しなさい。ワレサレス。罰だ。



 指さきに痛みがよみがえり、ワレスは両手をにぎりしめた。


「遅くなりました。隊長、ロンドをつれてきました」


 ハシェドの声で我に返る。


「中隊長殿が来られたところだ。おれは第一分隊の話を聞きに行ってくる。すぐ戻るが、そのあいだ、ここを頼んだぞ」


 うなずくハシェドを押さえて、よこからロンドがさわぎたてる。


「わたくしが来たからって逃げなくていいじゃありませんかぁ。ひどぉーい。人非人。鬼ぃ。悪魔」


 抱きつかれる前に、頭巾をかぶった頭を平手で押しかえす。


「おとなしく死体を見ていろ」

「死体は好みじゃありません」

「あたりまえだ」


 ギデオンがあきれているように見えたが、おかげでロンドの興味がそっちに移った。そのすきに、ワレスは自分の部屋からぬけだす。


 廊下をはさんで横手に、五号から七号室。中央に東西階段をつなぐ廊下があり、たてに走る小廊下と垂直にまじわる。さらに裏にも、同じ造りの部屋が三室ずつならぶ。階段の両わきの小部屋が一号から四号室だ。計十六室。

 内塔はどこもこの構造である。


 第一分隊は五号と六号室。三段ベッドが四つあるだけのせまくるしい部屋に、およそ十名ずつ割りふられている。ハシェドやクルウがワレスと同室のため、ほかより一室あたりの人数が少ない。それでも、ごつい男ばかり七、八人も一つところにこもっているのは、見るからにむさくるしい。


 ワレスが扉をあけると、朝の遅い傭兵たちは、まだ大半ベッドのなかにいた。どうせ、昨夜の博打が長引いたのだ。


「起きろ」


 アクビをしながら起きてくるのは、全部で四人だ。残り四人のうち一人はバルバス。あとは食事に行っているらしい。


「ああ? 小隊長か」

「のんきなヤツらだな。同じ説明を二度するのはめんどうだ。六号室の連中をつれてこい」

「ああ……?」


 ホルズが呼びに行く。六号室の兵士が集まるのを待って、ワレスは口をひらいた。


「さっき、バルバスが死んだ。今、中隊長が死体の検分をしている。ついては、この一、二刻のバルバスの行動を聞きたい」


 さすがに仲間が死んだと聞いて、五号室の男たちもシャッキリする。


「バルバスが? なんでだ?」と、ホルズ。

「蜂に刺されたらしい。が、おかしいのはヤツがおれの部屋で死んでいた事実だ。心当たりはないか?」


 誰も答えない。


「ホルズ?」

 名指しすると、

「心当たりたって、おれは今の今まで寝てたんだぜ。アイツは昨日、一人で勝ち逃げしやがったから、そういや、ひと足早く寝たんだっけか。ラグナなら、なんか知ってるかも」

「ラグナが?」

「ラグナが一等、仲よしこよしだからさ。あんたと分隊長みたいにな」


 下品きわまりない笑い声をホルズがあげたが、ワレスがにらむと、あわてて黙る。


「ラグナか。そういえば、つるんでたな」


 無法者の集まりみたいな傭兵でも、やはり気のあうあわないがあり、自然と数名ずつのグループになる。ラグナとバルバスはたいてい二人行動だ。


「ラグナはどこへ行った?」

「飯でも食いに行ったんだろ?」


 部屋にはいない。


「誰か、呼びに行け」

「じゃあ、おれが」と出ていったのはユージイだ。

 その背中を見送りつつ、ワレスは今一度たずねる。

「では、今朝のバルバスの行動を誰も見ていないのだな?」


 反応がないので、ワレスはあきらめた。


「どんなつまらないことでもいい。思いだしたら、報告に来い」


 ワレスが戸口をくぐるのを待って、傭兵たちはブツブツ言いながら寝台へ戻っていく。


「今度はバルバスか」という声が、ひどく淡白に響く。

 ここでは仲間の死はめずらしくない。次は自分ではないと、誰も言えないのだ。

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