瞼の兄

 物静かで口数の少ない兄は、俺が仕事や日々の些事について相談をすると適切な回答を寄越してくれる頼りになる人なのだけども、なぜか両親も幼馴染も俺に兄はいないと言うので、兄にそのことを尋ねれば困ったように笑うばかりで、その様子が何だかとても癇に障り気づけば兄を押し倒し夢中で首を絞めていたらしく、我に返った頃には当然兄は動かなくなっており、その様子を呆然と眺めながら、そういえば兄の名前は何だったかと自問した瞬間に兄は消えており、やはり兄なんてものは最初からいなかったかと思いながらも、首を絞めたときの喉の震える感触や縋る爪が食い込む痛みも全て幻だったのかと、俺は手の甲に刻まれた細い爪痕を撫でる。

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