百年前、大正十二年の亥年のこんな闇の晩

 電車の冷房にやられたのだろう、大学の夏休みを使って父方の実家に帰省した途端にそれなりの熱を出し部屋に隔離され寝込んでいたのだが、深夜に降り出した雨の音に目を覚ませば様子を見に来たのだろう叔父が枕元に座っていて、荒れた指先が額に触れたその瞬間、と直感し動揺のあまり跳ね起きて相手を驚かせたのだけども、あの夏から数年が経ちあのとき脳裏を過ったものは熱に煮えた頭の錯覚だったと理解しているのに、俺は未だに雨の降る夜になるとあの耳鳴りに似た雨音と雪を凝らせたように冷やかだった叔父の手の感触を思い出している。

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