偽父帰る

 父が煙草を買いに行ったきり蒸発したのが十年前の夏で、そいつを名乗って一人暮らしの俺の家に転がり込んだ男は左手の指が満足に揃っている時点で論外なのだが、思い出話を振れば明らかに動揺してからかすりもしない返答を寄越すしその上死んだ母と俺の名前もよく間違えるという体たらくなのに、夕食後にまずいインスタントコーヒーを二人分淹れてくれたり下手な上にボロまで出す世間話を続けようと試みたり風呂上がりの俺の背に浮かんでいるだろう煙草の火傷跡を見てひどく辛そうな顔をするので、なんでこんな人が父親なんか名乗ってくれたんだろうと台所で煙草を吸う背中を俺は黙って眺めている。

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