第19話 ごめんなさいと好き

「質問していい?」

先生は車を走らせて言った。信号が赤になったため、車は止まる。

「はい」

私は窓の外を眺めながら返事をした。

「僕を抱き締めたのは、兄さんの代わり?それとも人間がそこに僕しか居なかったから?」

私は、少し間を空けて

「後者が近いと思います……先生は先生ですよ」

「そこに人間がいたら誰でも良かったの?」

車が動く。

「……少なくとも先生が私を慰めてくれる優しい人だからですよ。誰でもいいというわけではありません」

「じゃ、信頼してくれているの?」

「信頼……というよりは、共感できる部分があるなと」

「そっか」

泣きすぎて目が痛い。

「向月先生?」

「ん?」

「性的目線で風李さんに見られてた時ってやっぱり辛かったですよね?」

「うん、なんでそんなこと聞いてくるの?」

「……泣きそうだったから」

「ふーん」

「風李さんのこと好きですか?」

「好きだよ。でも、子供の頃みたいに遊んだりはしたくないし、出来ることならあまり話したくない」

「……泣かないんですか?」

先生はハンドルを少し強く握って

「まだ、社会人一年目だけどね、社会人になるとたまにどう甘えていいか、泣いていいか分からなくなるって分かったよ」

「そう……」

「だから、辛いね」

「……私が先生の前で泣いて、先生が泣かないのはフェアじゃないと思います」

午前一時半。一般道の車はあまりいない。

「そこのコンビニに車、停めて下さい」

先生は不思議そうな顔をするが素直に従う。

「……何?」

何も分からない、だから教えろという声色だった。

「先生も泣いて下さい」

ハンドルに両腕を置く

「昔のことだから」

「でも、現在進行形で風李さんとの関係は続いていきます。顔が似ていると言うことも言われ続ける」

「……」

「私だったら怖いけど、先生は大人だから怖くないんですね」

「そんなの、言えないよ」

消えてしまいそうな小さな掠れた声。俯いてしまった。私は先生の方を見る。

「大人って泣けないですよね。私も大人ぶって……いや、大人にならなくちゃいけなくて、泣くの我慢してましたけど、先生は泣いていいと言ってくれました。私は、感謝してるんです」

「……強がっちゃうよね」

「だから、先生が弱みを見せてくれないと、私だって先生に甘えたいんですよ。今、そう思えました。なのに、先生が教えてくれたのに、それを抱えたままなのは良くないと思います」

私は先生の手を握る。

「甘えたいって思ってくれたの?」

「今、先生を必要としてます。今……だけなのかもしれないけど」

先生は涙を流す。その涙は頬を伝っていくのではなく、流れていくようだった。

「ふっ……ぅ……いいよ、今だけでもいいよ」

「先生」

「……ごめんなさい」

「謝らないで」

先生は私の肩にもたれかかる。

「……佐名さん、ごめん」

「ん?」

「……好きになってごめん」

「……」

「ごめんなさい……」

「……」

泣いている先生を見て、私も涙が溢れてしまう。静かに息を吐き出す。

「風李さんを先生とは思え、なくて……。でも、風李さんに似ていて、優しくて……」

「……」

「学校で、これからどう……先生の顔見て、授業受ければいいんですか……?」

「……伝え過ぎたね。だめだ、涙が止まらない。こっち見ないで」

と言って私を強く抱き締めてくる。私は涙を零す。先生は静かに泣いていた。息がかかってくすぐったい。私はぎゅっと先生の服を握った。

「ふっ……ぐっ……」

「……」

「違う。やっぱり、僕は兄さんにはなれない」

「……」

「ご、ごめ、ん」

「……うん」

「僕を兄さんと……重ねてもいいよ」

「……先生?」

「佐名さんならいい気がする」

「……風李さんにはなれないんじゃなかったの?」

「なる、と重ねるは……違う、よ」

暖房の風が私達を包む。

「どう、頑張っても、重ねちゃうから、いつか、先生自身を好きになれたら、その時は……よろしくお願いし、ます」

「可能性、低いかもね。その時にはどれくらい……おじさんになってるん、だろ」

私は、不器用に泣いている先生の頭を撫でる。黒髪の天パの髪が指の間をすり抜けて、サラリとした感触がした。

「先生は、先生です」

「……ありがとう」

「恋愛的かは、分かんないけど……好きです」

「……」

先生の泣き声は車のエンジン音と共に消えていった。

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