第3話

「条件……」

「そう、条件」

「それは、一体……」

「わたしね。今、欲しいものが沢山あるの」

 由奈はグラスのふちをなぞりながら小宮山にいった。


「えぇ……」

「世の中、欲しいものを手に入れようと思えば、何が必要?」

「……」

「あなたは幼児じゃないんだから、分かるでしょ? お金よ、お金。わたしはお金が欲しいの」

 覚悟はしていた。盗撮がバレてから、この女は俺に絶対に金を求められると思っていた。


「……それで、いくらぐらい、なん、です、か?」

「うーん。一ヵ月、七十万」

「そんな無茶な!」

 思わず声を大にした。数人しかいない客が全員、こちらに注目した。小宮山は声のトーンを落とす。「それは厳しいですよ……」


「あら。嫌なら、このことをあなたの上司に報告するし、なんなら警察にだって行くけど」


 由奈は相変わらず悪い笑みを浮かべている。「わたしはね。本当はひと月、百万が良いの。でも、それだったら、あんたがすぐに払えなくなってしまうでしょ? そんなに貯金も溜まってないでしょうし。だから、百万より三十万も安い金額にしたの。それに、これで逮捕されることになるより、よっぽどマシだと考えるのが普通じゃない?」


 そんなこと、小宮山にはかなり無理な条件だ。


 ただでさえ、今、この現代社会は、税金や物価が高く、様々なものを節約して生活しなければならないというのに、一ヵ月に一度、春野由奈このおんなに対して大金を払うのはかなりの痛手だ。これから先、今の生活を維持出来るだろうか。そして、なにより、必死に働いて稼いだ金が、羽を生やして、目の前に座る女の元へ飛び去ってしまうことが耐えられない。


 だが、要求を突っぱねると、警察に届け出るという。そうすると、彼は一生、犯罪者のレッテルを貼り、これから先の人生を生きていかなければならない。


 どちらを選択しても、進んだ先で待っているのは、地獄。


 震えが止まらない。小宮山はズボンの生地を強く握り締めた。


「一週間後。それまでに約束の七十万、ちゃんと集めておいてね。ねぇ、分かった?」

 コップの水を全て飲み干し、由奈はいった。約束なんて……。

 由奈はバックを持つと、席を立って、写真をそのままに店を出て行ってしまった。

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