地獄に落とすタイミングをはかってる

雪月華月

地獄に落とすタイミングをはかってる

 人間関係をつづけるために性格に化粧が必要だと気がついたのはいつからだろう。私はそれに気づいたのは十八くらいのときだった。私の母親はとても正しい人で、品行方正でまっすぐで、とにかくしっかりしていた。


 しっかりしていたので、しっかりしてない娘の私の気持ちを理解できない人でもあった。

 ささいなことでとにかく正そうとずっと怒り続ける。泣くともっと怒る、冷静に怒らせてくれない娘がよくないといわんばかりだ。正しいモンスターだった。


「ごめんなさい」と泣きながら謝っても許されない。誠意が伝わないらしい。私はこのときの影響で誠意というのが実はよくわからない。謝れば打ち止めという感覚になった。さて、そんな正しいモンスターでも理解はされたかったのだ。だいじに育ててくれて、石橋を叩くように、子供の心を正しさで叩く親でも理解されたかったのだが……ある冬の日、気づいてしまった。


 この親では無理かもしれない。透けて見えてしまったのだ。母親は自分の望むいい子の姿しか見えてない。

 私はおそるおそる試してみた。母の気持ちを想像し、理解し、望むいい子を演じてみたのだ。


 すると母の怒りはおどろくほどの勢いで引いていった。

ああ、と私は思った。


 なんだ、人間って、いい子が好きなんだ。

 人形みたいな都合のいい子が好きなんだ。


 それ以来私は化粧をするようになった。性格に化粧をしてきれいに見せる。たとえ見てくれが、ちょっとアレでも。この子はいい子だから、なにも恐れることがないと思わせれば、それで人間関係はうまく回るのだ。


 まあ、舐められるけどね。そんなことをし続ければ。

私は性格に化粧をするようになってから、内面のケモノがどんどんと獰猛になるように感じた。同時に人に無関心になっていった。自分の化粧した性格にほだされるひとに、感情をむけるって難しかった。


「わー、〇〇さんの格好かわいい、素敵!」


 私は褒めるのが大好きだった。

別にその人のことを褒めたいと思って褒めてない。

ただその人の褒めることのできる部分を褒めてるだけだ。

 その他意のなさが妙に好評で喜ばれる。


 私はいまだに褒められて有頂天になる人がわからない。

自分は褒められて嬉しくないかと言われたら、嬉しいけど、すぐ嬉しいという気持ち自体忘れるので、なんとも言えないのだ……。あとやりたいことがあるときに褒められると、早く終わんないかなとかおもうし。


 そう自己中なのだ。ここまで読んだかたは気づいてるだろう、私は性格はよくない。とても悪い。


 人に対して無関心だから、起きた事象にたいして純粋な感想をのべているだけ。

 結婚したんだと話を聞けば喜ぶし、上司が辛いと言われれば、共感する。


 そういう自分って本当にお人形のようだ。

だれかの望む姿になってるなとなる。


 でもケモノのように人を噛み殺すこともいとわない自分を外に見せようと思わない。案外私は性格に化粧をして、こうしたらいいかなと演じてる方も好きだった。

 でもこういう人もいるだろう。


 みんな、知らずに役者なのだ。

人生という舞台の上で、役者が掛け合いをしてるってね。


「演技臭くて、いられないんですよ」


 私の目の前に座った男が言った。


 私のやっているゲームには、ゲーム内通貨を対価に接客するという遊びがある。対話という遊びらしい。言ってみればキャバクラ・ホストじみた遊びなんだが。そんな店にもしゃべりの上手い人がいて、この人、話をうまいなと思って私はあるところに毎週通っていた。


 その話をしたら、対話は、演技臭くていられないと男は言った。週一くらいならちょうどいいかもですけどねと付け加えた。なるほど、そういうものかと思った。


 以前聞いた話では、有料で対応する店は演技臭くていられないらしい。逆に無料の店のほうが、ちゃんと向き合ってくれているとか。ちなみに私はその時、無料の店をやっていて、男に対応していた。


 演技なんだけどなと思った。

 この人は私のなにも見えてないのだと思った。

 ああ、地獄見せたいわぁと思った。


私はその男が好きじゃなかった。理由は簡単だ。

相方になりたいのか、馴れ馴れしく近づいてくる。それならまだ許してたが。

私の店で、私がフレンドと話してるときに、フレンドが言ってることがわからないと、会話をさえぎったからだ。普通に許さないと思ってた。私のフレンドを実際どうであれ、萎縮させ、場を止めた行為。


 私の楽しみを邪魔をしたやつを許さない。しかし私は微笑んでいる。楽しそうにしている。だって私は性格に化粧をしているから。役者だから。


 笑ってない瞳で

 地獄に落とすタイミングをはかってる。

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