第6話 タイトル未定/赤い雪の絵


〈前書き〉

 異世界ファンタジーです。多分、ヒロインは複数にする予定だったもの。


 


 リンは町で一番絵が上手だった。


 あいつは、必ず絵を描く前に、対象の資料を集めて知識を深める。そういったまめな行動を俺は一切しないので、必死に情報収集するやつの行動には感心する。

 積み重ねて描いたリンの作品はどれも素晴らしい出来だ。

 ああ、それは認めよう。






「だからって、これはねーだろ。一歩間違えれば、俺は死ぬじゃん!」


 現在、俺はモンスターに襲われている。

 何故かと言うと、一緒におつかいに来たリンが、モンスターに向かって石を投げつけたからだ。突然、何をしているんだ、あの野郎。


 しかも、リンは怒り狂うモンスターの前に俺を置き去りにして、自分は木に登って、のうのうと枝の上で写生しゃせいをしている。

 俺が襲われているのも気にしないで、高速で鉛筆を動かす。とんでもない鬼畜野郎だ。


 リンは真っ直ぐモンスターを見つめながら、感激して声をはずませる。



「いやー、迷信かと思ったけど、トゲトゲハニートカゲって怒らせると、体の色が瞳の色と同色になるんだな。しっかりと記録しないと~♪」

「ふざけんな、呑気のんきに観察してる場合か! 降りて来い、この野郎!」


 あのモンスターと同じくらい俺も激怒していんだ~~!!


 クソっ、俺はおとりかよっ


 火山のように熱くいきどおる気持ちを、足に全て封じ込めて、ドカドカと木の幹をる。



「こんな危ない状況じょうきょうで降りるわけないだろ。そんなことより、早く逃げた方がいいと思うよ? あのモンスターって、一度怒らせると手がつけられないし。ああでも、俺の希望としては、この場所で倒してくれると嬉しいな。絵の参考になるし~♪」

「このアホ野郎がーーーっ!!」


 ――ちっ、モンスターと戦闘するしかない。


 俺は護身用として持ってきた剣を抜き、モンスターが舌を使って投げてきた岩石を切り裂く。

 俺はモンスターなどに負けん!



「まるで夫婦喧嘩みたいだね。手当たり次第、物を投げつけているところが似ている」

「い・い・か・ら、お前は黙ってろ! 集中ができないだろっ!」


 リンの軽口に相槌あいづちを打ちつつ、モンスターがはなつ岩を避けて近寄る。


 投石のサイズは俺の頭ぐらいか。結局でかいな。ちっ、うざってぇ。


 怒りで体が黄金色になったモンスターは、近づいた俺へ向かって力一杯尻尾をたたきつけようとする。

 その重い一撃を難なく避け、トゲがある太い尻尾を切断した。

 途端とたんにモンスターは、弱々しい鳴き声を上げて、びくびくと森の奥へ逃げ帰った。


 ふうー、あんまり強いモンスターじゃなくて良かったぜ。



「どうだ、この馬鹿野郎! こいつは尻尾さえ切断してしまえばいえかえるんだぜ」


 俺が大声で怒鳴どなると、リンは眉をひそめる。



「……そんなの最初から知っていたよ。あーあ、もっと観察したかったけど、逃げたならしょうがないか」


 リンはそう言うと、つまらなそうに木から降りてきた。

 相変わらず自由なやつだな、と思いつつ捨てた荷物を拾い、町へ帰還する。

 帰る途中、珍種の鳥に出会ってしまい、嫌がるリンを町へ無理矢理引きりながら連れて来た。

 あの野郎の方がモンスターとの戦いより面倒で厄介やっかいである。





「ナイトってスノウのことが好きなんだよね?」


 次の日、リンに呼び出された場所で、開口一番かいこういちばんに言われた言葉がこれだ。

 ま、まぁ、好きか嫌いかのどちらかを選択するなら、大好きだけどさ。



「……そうだけど、だから何だよ」


 俺は気恥ずかしくなって、ほおをかく。



「今までのお礼に絵をプレゼントしようと思ってさ。ほらっ、貰うのなら、好きなものがいいだろ? でもさ、ナイトの好きなものって地味なもの多いからさ、俺が描くのつまんないんだよ。だから、スノウを題材にしようと思って……好きなんだろ、スノウのことが」

「えっ、スノウを描いてくれるのか?」


 スノウは去年この町に引っ越してきた、俺たちと同い歳の大人しい子だ。

 雪のように白いなめらか肌、はかなげなあわい銀髪、そして、神秘的な雰囲気を持つ町で一番綺麗な女の子である。



「スノウの話をしたら、直ぐに顔がだらしなくなるな~」

「う、うっせーよ。で、いつ完成? 我が家の家宝としてあがめてやるよ」

「んー、もう完成したから持って行っていいよ。でも、お祭りが終わるまでは、見るの禁止だからな」

「はいはい、了解っと。うはーっ、楽しみ」


 すると、リンは、いそいそと身支度みじたくを始めた。



「あれ、出掛けるのか?」 

「絵を取りにアトリエへ行く。俺の部屋をあさってもいいけど、絶対に散らかすなよ」

「頼まれても荒さねーよ」

「すぐに帰ってくるから、大人しくしときなよ」


 バタンと扉の閉まる音がした。


 リンがアトリエと呼んでいるのは、リンの祖父が使っていた小屋のことだ。

 リンは自宅に絵の資料や道具類は置くが、絶対にそこで絵は描かないし、完成した作品も置かない。

 それは何故なのか聞いたことがあるけど、教えてもらったことはない。



「あんなに上手なんだから、一枚くらいは部屋に飾ればいいのにな」


 ベッドに寝そべりながら、ぐるりと部屋を見渡す。

 リンの部屋は汚い。

 本棚には収集した資料が無造作むぞうさに突っ込んであるし、床には入り切らなかった書物やメモ用紙で埋め尽くされている。

 まさに、足の踏み場もないとは、リンの部屋のことをいうのだろう。

 ちなみに、やつのベッドをいつも椅子代わりに、俺は使っている。



「この汚部屋に咲く一輪の花(の絵)って良いと思うんだ」

「こんな部屋に絵画を飾っても可哀想なだけです。どうせなら、綺麗に清掃された私の部屋に飾ればいいと思いませんか?」

「……誰かと思ったら妹ちゃんか、部屋に入るならノックくらいしようぜ」


 急に部屋の中から声がしたので、びっくりした。

 声の主はリンの妹だった――知らない声なら、不審者として対象していたところだ。


 彼女は俺を見ると、すぐに不愉快そうな顔をした。 



「人の名前すら覚えられない方にする礼儀はございません。私には、ベルという名前がきちんとあります。いい加減、名前ぐらいは覚えてくださいね」


 彼女はそう言うと、お菓子と飲み物をお盆ごと渡される。

 リンの部屋におやつを置くスペースなんてないので、ひざの上に貰ったお菓子を置く。


 すると、ベルちゃんは、そわそわした様子でこちらをうかがう。



「今日は何の御用でいらしたんですか?」

「えーと、リンに呼び出されてだなぁ……」

「それで用事は、お済みになりましたか?」

「まだだけど……でも、あいつが戻ってくれば、すぐに終わるよ」

「そうですか、お兄様がお戻りになるまで、ここにいらっしゃるのですか」


 ベルちゃんは、あからさまにがっかりしているようだ。

 もしかして、ベルちゃんは俺に早く帰って欲しいのかな。彼女に嫌われるようなことは、全くした覚えがないと思うけど。


 ならば、少し妹ちゃんに関する話題へ変えよう。



「そういえば、ベルちゃんって今年のお祭りで踊り巫女に選ばれたらしいじゃん。すごいねー」


 廊下から足音が聞こえる。

 ふむ、帰ってきたか……あいつ。



「選ばれたのは大変光栄でありますが、明日から清めの儀式のために、神殿にこもらないといけないんです。私は、お兄様の傍を離れたくないです」


 途中から、明らかにリンを意識して、喋っていたなぁ、ベルちゃん。


 ベルちゃんは、今帰ってきたばかりのリンを、寂しそうに見つめる。彼女のうるうるとした瞳は俺の心まで打つ。

 リンは、そんなベルちゃんを見て、カチコチに固まっている。


 ベルちゃんはリンが大好きで、リンは自分のことが好きなベルちゃんのことが苦手だ。


 そんな一方通行の二人の様子を見ているだけで面白いなぁ。



「なんで、ベルが俺の部屋にいるんだよ!」

「お兄様のご友人が遊びにいらしたので、おもてなしをするために来ました」

「遊びに来るのは、こいつくらいだし、茶菓子なんて上等なものを出さなくたっていいよ。そこらへんに生えてるキノコでも食べさせとけばいいよ」


 おいおい、部屋にキノコが生えるとか。どんだけ汚いんだよ、こいつの部屋。

 つか、遊びに来た友人にそんな怪しい物を食べさせるな。

 友人=俺が可哀想だろうが。



「キノコをおやつに出すなんて、さすがお兄様です。私では、そのようなユニークな考えは思い付きませんでした。とても素敵な考えですね。次からそうするように、いたしましょう。因みに、ナイトさんには、私の作ったお菓子を特別にお出ししました」


 キノコよりはマシだけど、これはベルちゃんの作ったお菓子ってことか。

 ベルちゃんのお菓子は見た目は良いんだけど、味が変で美味しくないんだよな。前に食べたお菓子なんて、のどがひりひりとしびれたし、喉が何故か枯れたし。


 俺は気無げなく受け取ったお菓子を、枕の上へ移動する。

 見える所に置けば、リンが気付くだろう。いざとなれば、やつに押し付けよう。



「お前の手作りの菓子を出したのか!? このキノコの方がマシだろう。これ、一応食用だし」


 リンは床に積まれた本の横に、ニョキニョキと生えていたキノコを引き抜く。


 今までえらく本物っぽい置物だなと思っていたけど、普通に群生ぐんせいしていたキノコだったのかよーーっ!

 本当にこいつの部屋は汚いな。



「そんな酷いです、お兄様。私の作るお菓子は、お母様には劣りますが、なかなかのものです。今ここで、それを証明してみせましょう!」


 ベルちゃんが俺の口に何かを押し込んできた。


 それは石のように硬くて、苦くてしょっぱかった。

 思わず吐き出しそうになると、口に彼女の分の甘いジュースを注ぎこまれて、無理矢理喉へ押し込まれる。



「げほっげほっ、まず、まずい、しぬ」

「ほら見ろ! これだったら、キノコの方がマシだ」

「きちんと味見をしたんですけど、おかしいですね」


 不味い、まずい、マズイ。

 これは飲み物で口を浄化しないとヤバいレベルだ。キケン! キケン!



「み、水」

「はい、これあげるよ」

「……悪いな」


 リンからお茶を貰い、ゴクゴクと飲み干す。

 なんだかあまり味がしない。茶葉をケチってるのか。



「あらっ、お兄様ったら、これはお茶ではありませんよ。キノコとお花を混ぜた特製汁です」

「ブフゥッ」


 な、なんて物を飲ませるんだ、おい。ぺっぺっぺっ。



「緑色だったから、お茶とうっかり間違えちゃった。まぁ、毒キノコじゃないから大丈夫だろ」

「お前ら~~、わざとやってんのか!?」


 ここに来てから、ろくな物を口にしていない。

 じろっ、と二人をにらみ付ける。



「まさか、俺はベルと違って、わざとやってないし」

「私も味見をしてもらっただけです」

「……」


 二人とも目が泳いでいる。

 やはり、確信犯だったのか。



「そんなことより、これで機嫌を直しなよ」


 リンから布に包まれた物を渡された。

 おお~~、これは、あれか。プレゼントのスノウの絵か。



「それ、何ですか?」

「リンの描いた絵だけど」

「お兄様の絵ですって!? ずるいです、私でさえ貰ったことないのに。酷いです」


 恨めしそうにベルちゃんは、こっちを見る。顔がモンスターよりも怖い。



「どうして、どうしてですか。なぜ、私よりあなたが先にお兄様の絵画を……」

「え、えーと、それはご褒美的な……スマン、後はリンに訊いて。ではでは、お邪魔しましたーーっ」


 ベルちゃんの方に向かって、リンを軽く突き飛ばす。ベルちゃんはリンとの距離がちぢまって嬉しそうだ。



 ――よくよく考えたらさ、プレゼントの絵は頂戴したし、俺がここに留まる理由はないな。


 ……さっさと家に帰って、母さんのご飯をムシャムシャと食べて、グーグーと気持ち良く寝よう。



「おい、この状態で帰るとか、それでも親友かよ!!」

「絵は貰ったし、もう用ないしな。じゃあ、後はごゆっくり~」

「お兄様、お兄様、お兄様、こっちを振り向いてください」


 その日、俺は親友のリンを振り切って、家に帰った。

 そして、母さんの作った美味しい夕飯をバクバクと食べた。


 食事をしている間は、リンがあの後どうなったのか、ちっとも気にならなかった。

 だってまさかあの後、あいつが行方不明になるなんて思いもしないだろう。






〈後書き〉

 この後、友達を捜す。そして、襲った犯人の襲撃を受ける予定。


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