Lighting!!
伊早 鮮枯
プロローグ
光を見た。
キラキラとした、とても眩しくて鮮やかな星の色。
それがなんだったのか思い出せなくて、ボクは今でもそれを探し続けている。
***
その男は埃まみれで部屋の中を行ったり来たりしていた。
部屋といってもそこは倉庫にしている一室であり、男の居室ではないのだが。
男の風体は変わっていた。
黒一色の上下の衣服に真っ白な外套。目元には幾重にもした包帯が巻かれていて、どうやって前を見ているのかわからない。
頭は黒々としているものの、毎晩固形石鹸でガシガシと洗うだけなせいで、清潔感はあるものの艶がなくボサボサだ。
もっとも、その清潔感も今は埃まみれで台無しである。
男の名はヴァーン。神界に住む神族(ディエイティスト)のただ一人の族長である。
そんな大層な肩書を持っているはずの男がどうして倉庫で埃を被っているのかといえば、なんのことはない、ただのモノ探しだ。
「おっかしいな、この辺りに仕舞ったはず……いや、向こうの物置か?」
ひとりごちりながら絵画を退け、彫像を動かし、人形を持ち上げ、箱をひっくり返す。
直属の秘書官であるラセツ・エーゼルジュが見たら卒倒するであろう有様だが、残念なことに今この部屋にはヴァーンしかいない。
ヴァーンが探しているのはそれほど小さくもないもののはずだが果たして。
ふとヴァーンは背後でなにかが動いた気がして振り返る。
目が合った、と思ったがそれは人形だった。
精巧に作られたマネキン人形――いや、オートマタ。
さらりとした金色の髪はたわわに実った稲穂のようで、少し癖のついた跳ね方はなんだか元気が良さそうな気配がする。
キラキラとした目は碧玉の宝石。小生意気に細められたそれは暗い室内でも煌めいている。
まろい頬はきっと触れば硬いのだろうが、いかにも柔らかそうな丸みを帯びている。
年のころはヴァーンの腕たる四天王の一角、シアリスカ・アトリとほぼ変わらないように見えるのできっとヒトであれば十を少し過ぎた程度だろう。
適当に着せておいてあるのであろう縞の半袖シャツとサロペットは似合っているのか似合っていないのかよくわからない。何故かサロペットの前ポケットには色付きティッシュが大事そうに仕舞ってあった。
色白の肌は人形とは思えないほどに艶やかで血色もいい。……人形相手に血色がいいとはよくわからないが。
薄桃に色づいた頬と唇が愛らしい少年人形がそこに座っていた。
ヴァーンは人形を見つめたまま目を瞬かせる。
「ああ、こいつ、こんなところに置いたままだったか」
いつだったか、人手が足りずそれなら人形を操って働かせるのはどうだろうか、人形ならば人には危険な場所すら活動できるだろうという意見の元に作り出した自動人形になるはずだった少年人形だ。
結局その案は部下の一人に「それで、それを動かす魔力は一体誰が出すのでしょう?」という一言でお蔵入りになり、先走って試作機を作ってしまったヴァーンはしこたま怒られたのだが。
そう、それで廃棄するには勿体ないと思って、せめて人目のつかない物置にでも置いておこうとこの部屋に安置しておいたのだった。
当時のことを思い出して、ヴァーンは人形に触れようとした。
――ばちんっ、
人形が拒絶したかのように見えないなにかがヴァーンの手を弾く。
驚いたヴァーンは目を瞬かせる余裕もなく後退り――背後に落ちていた絵画の掛け布に足を取られて転倒した。
後頭部を箱かなにかの角にぶつけて目の前に星が散る。
「ぎゃんっ」
一瞬世界が真っ白になったが、幸か不幸か意識を失うことはなかった。
のろのろと腕を上げて後頭部に手をやるが、変な感触もない。あとでコブくらいはできてしまうだろうが、大した怪我にはならなそうだ。
一応ぶつけたのは頭だし医務室に行くべきかと考えながらのっそりと起き上がる。
目の前の人形がぱちり、と目を瞬いた。
「……ん?」
「あれ、動ける」
軽やかなトーンの少年声。
発しているのはどう見ても目の前の少年人形だ。
「……は?」
ヴァーンは瞠目してぽかんと口を開けた。
人形は試作品の作りかけで、まだ動くはずもないのに。
「あっ、さっきの衝撃で間違えて魔力を注入したのか! いやそれだけで動くはずが……」
「ごちゃごちゃうるさいなぁ、この醜悪半ミイラ男! よくもボクをこんな埃っぽいところに追いやってくれたな!」
ひょいと立ち上がった人形は仁王立ちでヴァーンを見下ろした。
腕を組んで不満そうに眉を吊り上げている。
ヴァーンは開けたままの口を更にだらしなく歪めた。
「……やっちまった……またラセツたちに怒られる……」
「ボクも怒っているんだけどな! 聞いてるの、このバカ半ミイラ!」
頭を抱える。
今更になって後頭部がじんじんと痛んできた。
やっぱり医務室に行こう、とヴァーンが決意するものの、酷い物音を聞き咎めて様子を見に来たラセツが中途半端に人形の言葉を聞いて勘違いし、絶対零度の眼差しを向けられるまで、あと……。
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