第23話 多すぎる

パチ


猫が目覚める、空気はまだ重かった。


「あ、あ…

お、起きた?」

「にゃー。」


頭だけ起きて静奈に一鳴き、そしてまた眠ろうとして、


「まって、待って。ちょっと一回降りて欲しいな?

脚がね、痺れちゃって…」

「にゃん。」


静奈に止められ、一回膝の上から降りる。

アァァ…と脚を摩りながら悶え、そのままうつ伏せに倒れた。


(だ、大丈夫?)


「にゃ〜。」

「脚がぁ…

血が巡ってるのがわかる、なんか汗かいてきたもん。」


暫くはダメだろう。

猫が前脚で静奈の足裏を軽く踏む、


「ヒュッ!

猫ちゃ〜ん、今はダメだよ〜?」

「にゃ〜ん。」

「あ、今の鳴き方1番可愛いかmーーイタタタ!」


マッサージするようにふくらはぎを踏んでいく。


そんなマッサージを続けること数分、静奈は立つ事ができた。

そして猫へジト目を向けている。


「くっ、うぅ…

いやでも、助かったしなぁ…」


複雑な感情が渦巻いているのだろう。

猫のマッサージのおかげで治ったのかもしれないけど、かなりビリビリと痛かった。

つまり感謝の気持ちと、痛かったのを恨む様な気持ち、とても複雑。


「にゃー。」

「あ、うん。

ありがとう。」


感謝が勝った。

恨みの気持ちだと言ったが、そんなのは雀の涙ほどしかなかった。


「脛に畳の跡ついちゃった。」


静奈と一緒に畳の跡を眺めている。


「にゃ!?」

「どうしたの?」


(何か来る。)


「にゃー!にゃー!」

「え、え?猫ちゃんどうしたの?」


見えないが感じた。

黒オーラと同じ不快感が大きな壁の様になってこっちに近づいてくる。


「にゃ!」


タブレットの画面の上で脚をバタバタさせる。


「気になるの?…ん?んん?!

何これ?!」


猫の意思は伝わった様だ。

これだけの不快感、絶対に何か異常が起きてるのは間違いない。


タブレットの画面に映っているのはニュース。

海から黒い壁が近づいている映像と、アナウンサーが右端に映って説明をしている。


「あれ…異形、だよね…」


(普段と比べるまでもなく、多すぎるな。)


黒い壁に見えるのは、大量の異形達。

護衛艦が何度も攻撃を加えて異形達を吹き飛ばすが、焼け石に水で数は減らず侵攻速度も変わらない。


「どど、どうしたら…」


(放置しかない。

静奈があそこに行っても、意味なさそう。)


外は大きな音で避難勧告が流れている。

不気味なメロディーは不安を煽り、人々が逃げているのは間違いない。


「にゃ〜。」

「そうだ…き、来て。」


困惑している様に見える。

きっと静奈にも初めての経験、恐怖よりも現実感が無いのだろう。


猫を抱き抱え、一度だけ行った祭壇のある神社へ向かう。

途中何か荷物が届いていないか確認していた。


「鏡、鏡…」

「にゃー。」

「ありがとう。」


四隅に小さな祭壇、中心の祭壇には猫の気に入っている鏡を置く。


「…私どうしたらいいの?」

「にゃ〜…」


そんな事、猫にはわからない。


そうしていると、祭壇横のモニターが急についた。

映っているのは海から近づいてくる異形の大群、そして出来るだけ海から離れようと逃げ惑う人々。


「あ、危ない!」


(ここに来るのも時間の問題。)


同じ映像を見ているが、考えている事は別だった。

静奈は人々の心配、猫はどのように逃げるかを考えていた。


「あっ…」ガク

「にゃっ?!」


立っていた静奈が急に座り込んだ。足から力が抜け、再び立つ事は叶わなかった。


「結界だ…」


半透明のドームが作られ、そこへ向かって人々が移動を始めた。

そのドームは大きく、内部の中でも1番大きい建物中心にかなりの広さを囲んでいた。


「猫ちゃん。」

「にゃ?」


静奈は真面目な顔をして話し始めた。


「いままでありがとう。

私と一緒にいてくれてありがとう。

私と寝てくれてありがとう。

私を1人にしないでくれてありがとう。

私とーーー」


それは会話では無かった。

猫へと一方的に感謝の言葉を言い続けるだけ、だんだんと目が潤んでいく。


「わ、私と…」

「にゃあ…」


泣いている。

それこれでは別れの言葉のようだ、何を言っているんだ、猫の頭の中はこの言葉でいっぱいになっている。


「ずっと一緒に、居られなくてごめんね…」


(なぜ…)


「猫ちゃんだけでも逃げて、もしかしたら此処も危ないかもしれないから…」

「…!」


(願いを、そんなことに…)


静奈の言葉は願いへと変換された。

それは『猫だけで逃げる』


「に、にゃあぁ…」

「さぁ、もう行って…」


(……)


この感情はなんなのだろう。


神社から出たから猫は感じている、

黒オーラを感じた時の不愉快とは違う、だが猫の中で納得できないナニカ。


(本当はわかってる…)


初めて感じた悲しみの感情、知識として知っていたとしても初めて経験するとこんなにも辛い。


最後まで静奈と一緒に居てあげたかった。

だが願いを叶えなくてはいけない、最後まで一緒に過ごす事は出来なくなってしまった。


トボトボと歩き続ける。

嫌な物が少ない方向へ、走る事はないゆっくりと歩く。


尻尾も耳も元気がない、心なしか髭も垂れている気がする。


(静奈は大丈夫だろうか…)


歩き始めてからは、静奈を心配する事だけが頭に浮かぶ。


『何をしたい?』


夢で聞いた言葉を思い出した…

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