第4話 過去への旅路

剣聖遺構

 歴史資料館を後にしたセラスとフォルスは、その足でかつて公開稽古が行われていたという闘技場に向かった。


「でも、状況証拠だけですからね。あくまでも『とても疑わしい』ですよ?」


 尋ね人であるティロ・キアンの正体が剣聖デイノ・カランの孫であり、更に先代の国王の孫であったというジェイド・カラン・エディアではないかという有力な情報を手に入れたため、おそらく彼が過ごしたであろう場所を訪ねることにした。


「確かに、そうですね……お姉さんの名前にしても、偶然という可能性のほうが十分ありますからね」


 探しているティロ・キアンが災禍で行方不明になったジェイド・カラン・エディアであるという根拠のひとつに、姉の名前がライラということがあった。発起人ライラとジェイドの姉である彼女との関連は不明であったが、偶然と片付けてよいのか二人は判断しかねていた。


「流石に本当のお姉さん、ということはないでしょうね。確かあの人もエディア出身のはずですけど」


 セラスは発起人のほうのライラについて思い出したことを述べた。


「本人がお姉さんは死んだと何度も言ってますし、姉弟にしては見た目も違いすぎますし、あの人が本当のお姉さんということはまずないでしょうね」


 セラスは発起人ライラとティロ・キアンに血縁はないと結論づけた。


「でも本当に、あの人が……信じられない。剣の腕だけなら納得なんですが、その他がちょっと……」


 セラスは神がかった剣技の腕とはおおよそ釣り合わない粗野な振る舞いを思い出していた。


「剣聖の孫にして母親が王女。そう言えばお母さんは小さい時に亡くなったって言っていました。いろんなことが不気味なくらい一致しています」


 フォルスは思い出せるだけの情報を組み合わせて、ジェイドとティロを結びつけていく。


「あぁ……やっぱりそうなのか。思えばあれだけの剣士がデイノ・カランを知らないと言い通すのはかなりおかしいことだったのに……馬鹿! 私のバカバカ!」


 自分以上に自分を責め始めたセラスに、フォルスは気を紛らわせようと話を変えた。


「あの、どんな人なんですか? そのデイノ・カランっていう人は。僕も名前を知っているってくらいのすごい人なんだってくらいしかわからないんだけど……」


 デイノ・カランの名前を聞いてセラスは猛然と語り始めた。


「非業の剣聖、デイノ・カランですよ。その名前は各所に轟き、わざわざエディアに挑みに来る剣豪が絶えなかったという話です。エディア名物の公開稽古では常に檄を飛ばし、そこで育てた剣豪の数は多かったんです。晩年は特に厳しく育て上げた二人の息子がその公開稽古を引き継いだらしいんです!」

「話だけ聞いてると少し怖いんだけど」


 どちらかというと語っているセラスの気迫が怖い、とフォルスは感じた。


「実際は大変気さくな方だったらしいんですけど、剣のことになると人が変わったみたいに厳しかったらしいですね。あとは『剣術指南』ですね。剣技を修める上での心得なんですけど、勉強になりますよ。私も兄とよく暗唱しました。私が好きなのは『剣を極める者、迷う事なかれ、行かばそれが道になる』ですかね」

「どういう意味ですか?」

「『剣術指南』には様々な解釈があるんですけど、私は『太刀筋に迷っても自分の剣を信じて振るうのだ』と理解しています。いい言葉ですよね?」


 同意を求められて、フォルスは動揺しながら頷いた。


「そ、そうですね。それにしても、そんなに凄い人なんですか?」

「凄いなんてもんじゃありません、伝説の権化ですよ!! 剣技の歴史の輝かしい部分に一番星の如く輝く青白い炎の煌めきですよ!! 特に偉大だったのがその批評眼! 彼の公開稽古に参加した者は皆が上達! ああ何故私はこの時代に生まれたの!?」


 セラスのとんでもない勢いに、エディア行きを任せられた理由をフォルスは何となく察した。

 

「それと……これはあなたに言うべきことではないのですが、そういうわけでデイノ・カランの弟子がたくさんいたエディア軍は白兵戦に限れば絶対負けることはなかったんです。戦術、防衛策なんかも決してリィアに負けてはいなかった。エディアが降参した理由はただひとつです」


 それまでの威勢のいい早口から、セラスは一転して暗い口調になっていった。


「……災禍、ですか」


 フォルスはセラスから目を反らした。セラスは今まで口にはするまいと思っていたことをフォルスに告げた。


「あの災禍は本当に事故だったんですか?」


 リィアの占領下では固く禁じられていた災禍の原因を話題にすることが最近では緩和されたため、「リィア軍の陰謀では」という声があちこちから出ていた。そのため先日の語り継ぐ会のように、災禍はリィア軍に責任があるという言説が盛り上がっているところだった。


「シャイア長官の話ですと、国境付近でリィア軍が不審な動きをしていたのは事実みたいですね。最近見つかった日記に関しても一部ではでっち上げという話がありますが長官が言うには『どこの馬鹿だ、任務の内容を私的な日記に書き残した奴は』ってことだそうです。実際リィア戦記の公式な記述と被災者の体験談には大きな違いがあるとか検証が進められているところですけどね」


 災禍の疑惑についてフォルスは胸が塞がる思いで答える。


「……それくらいは僕もわかってる。でも、当時の資料も何もかも、一般人が調べられる範囲では全部ごっそり消えてるんだ。もしかしたらどこかには何か残ってるのかもしれないけどね」


 フォルスの胸の内を察して、セラスも答える。


「もしかして、あの人が大人しく予備隊にいたのもそういう背景があったのかもしれませんね。特務に入って、災禍の原因を内部から見てやるって、思ってたのかもしれません。結局、カラン家も取り潰しになって捕らえられたデイノ・カランとその一族、その他有力な騎士一家も全員処刑されました。非業、というのはその辺りからついてるんです……この辺りですかね」


 二人は古い屋敷が並ぶ区域にやってきた。カラン家をはじめ、かつてエディアで「御三家」と称された騎士一家が住んでいたとされる屋敷は災禍からの延焼を免れていたが、住人を失った建物はひっそりと佇んでいた。


「もう誰も住んでなさそうですね。人通りもないし、すっかり寂れてしまって……」


 屋敷の反対側には、誰もいない闘技場があった。立ち入り禁止の看板が掲げられ、かつてそこで多くの剣士たちが鎬を削っていたことが夢のように思われた。


「あ、もしかしたらあそこが公開稽古の会場だったんですかね! あそこでデイノ・カランが、アーロ・コリトと、白熱した試合を……」


 それまでの暗い雰囲気から一転して、闘技場を見て元気になったセラスが騒ぎ始めた。


「あのー、セラスさん?」

「アーロ・コリトですよ、知りませんか!? ビスキ出身で! それまでのビスキの型から現在主に使用されているビスキの型を改革した最高の剣士ですよ!! 貴方本当に剣技がお好きなのですか!? アーロ知らないとかモグリですよモグリ!!!」


 白熱するセラスの講義にフォルスは圧倒されるしかなかった。


「あの、僕そんなに昔の剣豪とか詳しくないんで……」

「あぁ、レグ兄様と来たかった……あそこ入れるんですかね? 同じ舞台に立てるんですかね? 許可とかいりますかね? 私アーロ・コリトやるんであなたデイノ・カランやってください! 奇跡の三連撃の誕生秘話ですよ!!」

「あの……僕たちはデイノ・カランではなく孫のジェイド・カラン・エディアの調査に来たんですよ……聞こえますか……?」


 フォルスは呟いたが、三連撃とやらについて警棒を使って実演し始めたセラスに届く気配がなかった。


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