王女と騎士一家

 フォルスとセラスは、エディアの歴史資料館で当時王宮に勤めていたステラから災禍当日の話を聞いていた。


「あの日の午後、港から大きな爆発音が響きました。あまりにも大きな音だったので、港にいた者はしばらく耳が聞こえなかったそうです。リィア軍の調査によれば、エディア軍の弾薬庫が爆発の原因だとされました」


「その前に、倉庫街で火災が起きているという話がありました。その火が弾薬庫に引火した結果があの大規模な爆発であったとされていますが、火災現場にいた者は全員影も形も見つからなかったもので何があったのかは詳しくわからないのです」


「何度かの爆発の後、更に大きな火災が起きました。運悪く、その日は大変な強風で火の海は港から本島にかかる橋を超えて城下までやってきました。マラキア陛下は爆発の一報から何が起こっているの状況把握を命じましたが、最後まで我々は何が起きているのかわかりませんでした。陛下やエディア軍顧問部は揃って消火活動と避難指示を出しましたが、規模が大きすぎました」


「夕刻を過ぎても被害は収まるどころかますます広がる一方で、マラキア陛下は立っているのがやっとのことでした。ご自身の家族の安否もわからないのに『一人でも多くの市民を避難させて』とそればかりで……王宮にも次々と怪我をした人々が運ばれてきて、医者と医療品の確保にもエディア軍は走り回っておりました」


「リィア軍が攻め込んできたときは、王宮にエディア兵はほとんどおりませんでした。ただマラキア陛下のそばに当時の親衛隊長がいたのみで……もう我々に争う気力はありませんでした。リィア軍でも何でも構わないから、あの火を何とかするのを手伝ってくれとマラキア陛下は祈っておりました」


「その時は全面降伏しかあり得ませんでした。その後、リィア軍により災禍の責任をとるという名目で即刻王家と、王家に繋がる重臣たちが一斉に処刑されました。我々にはリィア軍に刃向かう体力も気力も残っていませんでした……今となっては、リィア軍が全ての復興を主導してよかったのかもしれませんね。今となっては、ですが」


 ステラの語る災禍と王家の話に、フォルスとセラスは圧倒されていた。話の区切りがついたのか、ステラは大きくため息をついた。


「あの日、と言えば……」

「何か他にあったんですか?」


 ステラは遠い目をして語り出した。


「これは本当に私が経験したあの日の話です。マラキア陛下にはお子様が4人いらっしゃって、マレーネ様にも2人のお子様がいらっしゃいました。あの日、私はお子様たちが全員いるかということに必死になっていました。陛下たちは避難と救助の指揮で手一杯で……夕方までに何とか5人のお子様を王宮に集めることができました」

「1人足りなかったんですか?」


 フォルスが尋ねる。記録に寄れば、女王陛下と王女の一家は全員処刑されていたはずだった。


「はい、女王陛下の末のお子様だけがどこにも見当たらなかったのです。アルセイド様、と申しましてこの子はよく抜け出して遊び歩いていたものですから、私は血の気が引く思いで思い当たる場所を探しましたが、王宮の周辺にはどうしても見つけることができませんでした」

「じゃあ、その子は……?」


 セラスが息を飲んだ。ステラは当時のことを思い出しながら語り続けた。


「それがですね、日も暮れてすっかり暗くなって諦めてた時に煤だらけになって飛び込んできたんです。港から何とか帰ってきたそうで……私はまだ幼いアルセイド様を抱きしめて泣きました。酷く怯えていらっしゃったので、よほど怖いものを見てこられたのでしょう。アルセイド様を連れてマラキア陛下に報告して、ご家族全員で無事を喜び合っておりました」


「それからしばらく経ってからでした……リィア軍が城を落としに来たのは」


「もう親衛隊も何も機能していませんでした。先ほどの通り、マラキア陛下も皆さん疲れ果てて、降参するしかありませんでした。リィア軍の動きは早く、翌日災禍の責任ということで王族関係者全員が処刑されました……まるでこうなることを知っていたかのようでした。まだ火の手があって、救助の手が必要な人達がいる中で、なんという惨いことを……」


 ステラの瞳に涙が滲んだ。


「そんな子供が、一人で災禍の中を港から来たのですか?」

「いえ、同じ歳の従兄弟と一緒でした。アルセイド様はその子にご執心で、よく一緒に遊んでいらっしゃったものです」

「従兄弟、と言いますと?」


 ステラは涙を拭いながら話を続けた。


「マラキア陛下にはマレーネ様と、もう一人アリア様という妹君がおられましたが、早くに亡くなってしまいましてね。だから騎士一家などに嫁ぐなと私は思っていたのですよ」

「騎士、ですか?」


 フォルスが尋ねると、ステラは悔しそうに続けた。


「アリア様はお体が弱かったのですが、どうしても嫁にしたいと熱心な男がいましてね……騎士一家の女性がどんな扱いを受けるかわかっていたのでしょうか、どうしてアリア様も応じてしまったのか……」

「実際はどうなの?」


 フォルスが当の騎士一家出身であるセラスに尋ねる。


「そうですね……やることはたくさんありますよ。男は剣を持ってるのが甲斐性なので、女はそれ以外のことはできないとダメです。財産や家の管理に家に修練場なんかある場合はそこの管理運営、そして弟子なんていたらその人たちの世話。ついでに剣技の知識もないとダメですね。だから基本騎士一家に嫁ぐなら同じような身分の女性が好まれます」

「ちなみに貴女も?」

「私は……私のことはいいじゃないですか!」


 セラスは何故か恥ずかしそうに顔を背けた。


「そうですか、お嬢さんは騎士一家の出身でしたか。エディアは有名な剣士様が多くいましたからね。それは皆大きな顔で国を守るんだと張り切っていたんですよ。昔の話ですけどね。リィア占領下で大きな公開稽古も禁止されて、以前の賑わいはどこへやら、です」


 ステラはかつての騎士一家というものにそれほどよい印象を持っていないようだった。


「それで、その一緒にいた子はどうなったんですか?」


 フォルスはアリア王女の子供に話を戻した。ステラは更に話を続けた。


「私はここは安全だから留まるよう言ったんですけどね、姉さんが心配だからとまた街へ飛び出して行ってしまって、それきりです」


(姉さん!?)


 フォルスの背中に衝撃が走ったが、ステラの話はなおも続いていた。


「結局、彼もお姉さんも見つかりませんでした。あの時、見つからなかった人も誰だかわからなくなった人も大勢いたので、そういう人たちは全員犠牲者という形にされました。私が後悔しても仕方ないのですが、せめて2人がもう少し遅く、いえどこかの避難所に身を隠してくださっていたらと思うと、王宮に辿り着いて助かったと思ったアルセイド様のお気持ちばかり考えてしまうのです。2人ともまだ8歳だったというのに……本当に……」


 ステラの声に涙が溢れた。


「本当に……惨いことばかりでした」


 堪えられなかったのか、ステラは袖で顔を覆った。


「いえ、貴重なお話ありがとうございました……」

「こちらこそ、昔話をするくらいしか出来ないもので……ありがとうございます」


 それでは他の資料はゆっくり見ていって欲しい、とステラは資料館の奥に戻っていった。その背中にはあの日にもっと何かできたのではないかという後悔が残っていた。



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