混乱

 失踪したティロ・キアンは、リィアの特務のノット・ラリオからの情報で一人で先に首都に向かった可能性が濃厚になった。


「全く好き勝手やりやがって……」


 一同は憤慨する反面、ティロが自殺を図ったわけではなさそうだということで安堵していた。


「それで、一体何があったんだ? 返答次第によっては俺はお前を消さなきゃいけなくなる。正直に答えろ」


 シャスタは再びノットに尋問を行った。


「正直も何も……俺はティロ・キアンの件でリオに呼び出されただけだ。あいつはどこにいるんだ?」

「リオに? そう言えばなんか言ってたな、あいつ」


 シャスタはリオと接触した際、ティロがリオに何かを吹き込んでいたのを思い出した。

「俺はリオにティロ・キアンが本当に特務に復帰する話があるのかの話をしに来ただけだ。少なくとも俺はそんな話は知らないぞ」

「ああ、俺もそんな話は知らない」

「あんたがそう言ったんじゃないか? そもそも何でクライオにいるんだ? 一体何がしたいんだ?」


 ノットは不審な顔でシャスタを覗き込んだ。


「俺のことより今はあいつのことだ。逃げられたっていうのはどういうことだ?」

「ああ、今朝方リオと落ち合うためにここに来る途中でティロ・キアンにあったんだ」

「それはいつ頃だ?」

「さあ……夜は明けていたと思う。こんなところで何をしているのか聞いたら、いきなり『お前は俺を斬れるのか』って聞いてきて、そのまま襲いかかってきた」


 ノットの言葉に、シャスタは一層混乱したようだった。


「一体何がやりたいんだあいつは……?」

「わからない……それよりもこれは一体どういう状態なんだ?」


 ノットはシェールをまじまじと見つめた。


「説明は後だ。とりあえずお前は出会い頭にあいつにぶっ飛ばされたってことで間違いないな?」

「それだけは確かだ。俺は確かにティロ・キアンにやられてそこでさっきまで目を回していた」

「リオから何を聞いている?」

「あの人が特務に復帰する予定が本当にあるのか、ということだけだ。そんなものは知らないし、俺も念入りに調べたけどそんな話はなかった。それよりもあの人に関してはろくでもないことがわかったからそれを伝えに来ただけだ」

「ろくでもないこと?」

「ああ、あんたには残念なことだ。ここで話すことでもないけどな」


 ノットはシェールを睨み付けた。


「わかった。とりあえずあいつが死んでないっていうのがわかれば俺はどうでもいい。明日探し出してぶん殴ってやる。それで、こいつは俺のことを知っているのか?」


 シェールはシャスタを再度疑いの目で見た。ノットもシャスタを問い詰める。


「はっきり言って、俺が一番事情を知りたい。なあ、一体こいつは誰でお前らは一体何をやっているんだ!?」 


 シェールとノットに同時に詰め寄られ、シャスタは冷静に今の状況をどうにかしようと考えていた。ノットにシェール及び反乱のことは教えたくないし、シェールにも軍の機密らしいティロの情報を漏らしたくない。


「そうだな……こうなっては俺もあんたもお互いのためにならないよな」


 シャスタはまずシェールに向き直った。


「最初に行っておくが、リノンは特務に全く関係ない。そしてノット、俺のことは明日になったら話してやる」


 シャスタの言葉を聞いてノットは露骨に嫌そうな顔をした。


「その言葉に偽りはないか!?」

「いつ俺が嘘をついたんだよ」

「畜生、だからあんたは信用ならないんだよ……」


 ノットの様子を見て、シェールはシャスタが仲間と思われる特務からも信用されていないことを察した。


「もういいもういい! どうせ明日になれば全部わかる話だ! 訳のわからない話は止めにするぞ!」


 水掛け論に嫌気がさしてシェールはこの会話を打ち切った。おいそれと明日の計画をリィアの特務に知られるわけにもいかないし、ノットもシェールには語りたくない情報を持っているらしい。


「しかし、お前ほどの手練れがあいつと言えども、どうしてあっさりやられたんだ?」

「それは……俺が油断したからだ。それ以外に言い訳ができない」


 シャスタに尋ねられ、ノットは悔しそうに下を向いた。


***


 翌早朝、未だ不安定になっているライラをリノンに任せて、一同は作戦位置へ向かった。ノットの扱いにシェールは悩んだが、シャスタの助言でノットを探していると思われるリオを呼び出した。まさかノットが茂みの中で伸びていたとは思わなかったリオは驚き、そしてノットを連れてどこかへ消えた。彼らが反乱軍の情報を掴んだとしても、その情報が軍の中央に届く前にリィア打倒戦線が軍本部へ到達するはずだとシャスタは踏んでいた。


 予定では夜明けの後にシャイア率いるリィア打倒戦線が作戦の中心となって軍本部への蜂起を行い、その援護をフォンティーアが中心となったリィア解放同盟が務めて、他の組織は首都の包囲を手伝うということになっていた。


「しかし、落ち着かないな」


 隊列の最後尾でアルゲイオ兄妹と馬車に乗っているシェールは反乱よりも、その他の様々なことが気になっていた。


「じゃあ義兄様、これでも食べて落ち着いてください」


 セラスはシェールに軍用の携帯食料を手渡したが、シェールは受け取らなかった。


「俺はいいよ……お前らが食えよ」

「だって義兄様、昨日の夜から何も食べてないじゃないですか」

「こんな状況でゆっくり飯なんか食えないじゃないか」

「だから携帯食料なんじゃないかですか、見た目よりおいしいですよ」


 携帯食料は保存が利くように固く焼いて干したパンのようなものであった。セラスはなおも携帯食料を差し出したが、頑としてシェールは受け取らなかった。


「見た目とか関係なく、嫌なんだよそれ」

「この後に及んで好き嫌いですか? 我が儘言ってる場合じゃないですよ」

「何でもいいからもうさっさと食ってくれよ」

          

 セイフも面倒くさそうに呟いた。


「わかったわかった、もらうだけもらうからな」


 シェールは携帯食料の包みを受け取り、包み紙を丁寧に剥がしてから中身を全部セイフに押しつけた。


「ちょ、ちょっと何やってんだよ」

「いいから、それはお前らで食え」


 シェールは包み紙をその場で細工して、セラスに渡した。


「ほら、戦勝祈願の馬だ。きっとお前らを守ってくれる」

「はい……義姉様も、きっと力になってくれます」


 セラスはその馬の細工を見て、真っ先に義姉であるシェールの妹に思いを馳せた。その時、隊列の前の方が急にざわめき始めた。


「一体何があったんだ?」

「先発隊からの情報だと、首都で大火災が発生しているようです」


 その声に、一同に緊張が走った。


「急ぐぞ」


 首都まではあと少しのところにいた。反乱軍たちはリィアの首都に向かって足を速めた。


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