故郷
それからライラが河原に顔を出す度に、ティロは河原に座り込んで空を見ていた。何故この場所なのかと尋ねると、「ここは絶対人が来ないから」という答えが返ってきた。そこまで人を避ける理由もライラにはよくわからなかったが、何か鬱屈したものを抱えていることだけは理解できた。
「だってさ、真面目に生きてる人の中にいるなんて何だか申し訳ないじゃないか」
「別に、みんな真面目に生きてる人ばっかりじゃないと思うけど」
ティロは常に卑屈だった。何かにつけて「どうせ俺なんて」「生きてるのが申し訳ない」と繰り返していた。
「でもさ、俺なんてどうせ予備隊育ちのキアン姓だしさ」
「あのさ、君がよく言う予備隊って何なの?」
ライラが尋ねると、ティロは予備隊について簡単な説明をした。
「要はさ、孤児を集めて訓練して優秀な特務兵を育てましょうってところ。俺も頑張ったんだけどさ、欠陥品だから特務に上げてもらえなかったんだ」
ライラはティロの極度の閉所恐怖症のことは知っていた。更に不眠症であることやわざわざ野外で寝ていることなども踏まえて、彼が言う「欠陥品」の事情も大体は想像することが出来た。
「ふうん……つまり、君も帰るところないんだ」
「君も、ってことは君もかい?」
ライラはティロが名前で呼ぶな、ということでなるべく名前を呼ばないよう避けていたが、何故かティロもライラと名前をつけたにも関わらず必要なとき以外は名前を呼ぼうとしなかった。
「私ね、育ったのはエディアだから」
「エディア!? 俺も」
ティロが相槌を打つ前に、ライラが顔をしかめた。
「あんなとこ」
「……あんなとこ?」
ライラの様子に、ティロは言葉を飲み込んだ。
「ちょっとね……いい思い出なんかないから……なくなってせいせいした、あんなとこ」
吐き捨てるように言うライラに、ティロは恐る恐る尋ねた。
「……なくなって、というのは災禍のことだよな」
「決まってるじゃない、それが?」
「君もいたのか、あそこに」
「……君もいたの?」
「いたよ、港に」
「私も……港にいた」
「よく生きてたね」
「お互いにね」
会話はそこで途切れた。しばらくの沈黙を破ったのはティロだった。
「話したくなければいいんだけど……どうして、エディアが嫌なんだ?」
促されて、ライラが話し始めた。
「私ね、どこで生まれたかわからないの。多分、どこかから売られて来たんだと思う……気がついたら港のお店で働かされてた……船乗りさんとか、余所から来る人とか、そういう人たち相手の店」
「あぁ……たくさんあったね、そういうところは」
ティロも昔のエディアを思い出しているようだった。
「嫌で嫌で逃げ出したこともあったけど、すぐに捕まって……誰も助けてくれなくて、本当に辛かった」
「でも、あの時全部燃えちゃって……私を虐めてた奴も何もかも全部全部燃えて、すごくすっきりした。ああ、やっと私自由になったんだ、って思った」
「それから火事場泥棒したり、避難所荒らししたりしながらいろんなところを点々としてきたの。なるべくエディアにいたくなかったから、リィアまで流れてきたんだけど、やっぱりいいことなんかなかった」
初めて聞くライラの胸の内に、ティロは言葉もないようだった。
「……ごめんね、変なこと言ったかな」
「いいよ、俺から聞いた話だ。逆に辛いこと思い出させて悪かったな」
孤児であった話をしたくないことは、ティロもよくわかっていることだった。
「うん……でも、こんな話するの初めて。エディアではなんとなくあの日の話をみんな避けてたし、リィアに来てからはあの日の話出来る人もいないし、特にしたいとも思わなかったし」
「確かに、リィアではあの日の話は絶対出来ないな」
「そう言えば、港にいたんだって?」
ライラは災禍にあったというティロの話を思い出した。
「うん……君と見たものは大体一緒だと思うよ」
「もしかして、リィアを倒したいって言うのも……」
「君の想像に任せるよ、大体わかるだろ」
ライラは災禍によって人々がどうなったのかを思い出した。目の前で燃える家や人、大切な人を失って泣く人々にそこで助かってしまった罪悪感、災禍後に助けるふりをしながら搾取をする悪人に弱い者から見境なく奪っていく者、そしてその中で見境をなくしていた自分。
「それじゃ、不眠症とか孤児っていうのも」
ライラは自身の境遇をそのままティロに当てはめた。
「みんな死んだよ……あれからしっかり眠った記憶が無い。しばらくずっと悪夢ばかり見て、眠るのが怖かった時があった。気がついたら、眠りたくても眠れなくなった」
再び沈黙が訪れた。そして沈黙を破ったのは、再びティロだった。
「……やっぱり君、俺に関わらないほうがいいよ」
「どうして?」
急に意外なことを言い出したティロに、ライラはきょとんとした。
「君にとって忌まわしい場所だったかもしれないけど、俺にとっては大事な故郷だ。そんな考えの違う奴と一緒にいたら君が不幸になるだけだ」
ライラはティロの顔を覗き込んだ。何かを思い詰めたような、塞ぎ込んだような様子にライラはティロを揺さぶって真意を問いただしたい衝動に駆られた。
「それは、関係ないよ……」
「さあ、どうだろう」
ライラが問いただすより前に、ティロは立ち上がった。
「もうここにも来なくていいよ。本当は来る理由だってないはずなんだから」
それからティロはいつもの茂みではなく、河原の奥へと消えていった。その明らかな拒絶の態度に、ライラはますますティロを見捨てられないと強く思った。
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