ライラ
彼女はティロの「リィア軍最高幹部のダイア・ラコスを殺すためにリィア軍に在籍している」という本気の発言に驚いていた。
「そのためにリィア軍にいるの?」
「そう」
「たった一人で?」
「まあね」
「無謀すぎない?」
「そんなの承知さ」
「でも何で?」
最後の彼女の質問に、ティロはしばらく答えなかった。
「うーん……それを聞かれると困るんだけど……少なくとも俺が眠れなくなったのはリィアのせいなんだ。今言えることはそのくらい」
「後は教えてくれないの?」
「気が向いたらね。全く楽しくないし面白くない話だから」
「そうなんだ……」
彼女はティロが抱える「もっと深刻なこと」について考えた。きちんと眠ることもできず、わざと惨めになるような姿をしているティロの抱える悩みはリィアに起因するもののようだった。
「じゃあさ、私も一緒にリィアやっつけてあげようか?」
「は?」
「いいじゃない、二人だけの反政府運動」
驚いたティロは彼女をまじまじと見つめた。彼女の笑顔がランプに照らされて妖しく揺らめいていた。
「そんな大それたものじゃないけど……悪くはないかな」
「じゃあ決まり!」
嬉しそうな彼女を見て、ティロは彼女が笑ったことに気を良くした。
「というか、君はいいのか? 反政府運動なんて、特務に見つかったら偉いことだぞ」
「私元々リィアの人じゃないし、生まれたところもどこか知らないの。だからこれと言って大切なものもないし、今は君に付き合うくらいしかすることないの」
「そうか……君にも色々あるんだな」
ティロは彼女にも「深刻なこと」があるのだろうと思い、それ以上を尋ねなかった。
「ねえねえ、それじゃあさ、早速名前を考えなきゃ」
「名前? 2人だけなのに?」
大体の抵抗勢力には「解放運動」「共同戦線」などという物々しい名前がついていた。そういう抵抗勢力は元々の国の有力者や実力者が中心となっているものがほとんどで、身寄りのない若者二人が個人的に反政府思想を抱くことに名前を付けることがティロには滑稽に思えたようだった。
「ううん、私の名前。今から君に革命家としての私にふさわしい名前を考えてもらうの」
「えぇ……いいじゃん何でも」
「名前を考える」という言葉にティロはうんざりした声を出した。
「また適当なこと言って……ちゃんと考えてよ」
「だって俺名前考えるの苦手なんだよ、本当に」
詰め寄る彼女に、ティロは明後日の方向を向いて答える。
「何でもいいからさ、可愛い女の子の名前ないの?」
本当に名前を考えることが苦手なのか、ティロは深刻に悩んでいるようだった。
「可愛い女の子ねえ……」
腕を組んでティロはしばらく唸っていた。
「うーん、例えばライラとか……」
ティロの呟きを彼女は聞き逃さなかった。
「それ可愛いじゃない、決まりね!」
彼女――ライラが手を打ったことでティロは大いに狼狽えた。
「え、適当に言っただけだよ! 別にそれがいいって訳じゃないし、俺本当に名前考えるの下手だからさ、ほら、別の名前にしない? 出来れば他の人に考えてもらうとか……」
ティロは急にしどろもどろになって弁解を始めたが、普段の自信のなさから名付けに対しても自信がないのだろうとライラは思った。
「何でダメなの?可愛いじゃない」
「いや別にダメというわけじゃないんだけど、俺本当に名前付けるのだけは下手でさ……」
「またそうやって卑屈になって。いい名前じゃない」
「うーん……」
よほど自身の名付けに自信がないのか、ティロはそれでも食い下がった。しかし、嬉しそうなライラの様子を見て複雑そうな表情を浮かべながら折れることにした。
「……まあ、いいか」
「そうそう、いいじゃない、ライラ!」
ライラはティロの考えた名前を気に入ったようだった。
「じゃあ早速呼んでみてよ」
「えぇ……」
急にティロは照れたように顔を背けた。
「はやく!」
急かすライラに、ティロは小さく呟いた。
「……ライラ」
「なあに?」
ライラが笑顔で答えると、ティロはますます小さくなった。
「……ライラ」
「どうしたの?」
明らかに狼狽えているティロを見てライラはティロに詰め寄った。
「……何だかやけに恥ずかしいんだけど」
「どうして?」
「いやその、えーと……難しいな……何て言えばいいのか……」
胸中をうまく説明できそうにないティロに、ライラは提案した。
「自分の考えた名前だから恥ずかしいんじゃないの?」
「ああ、そうそう。多分その感覚だ」
ライラの言葉に促されるように、ティロはライラを見つめながら手を出した。
「じゃあ、これからもよろしくな、ライラ」
「ふふ、こちらこそ」
ライラはティロの手を取った。たった二人だけの反政府集団が誕生した瞬間だった。
「あ、でも俺の名前はあんまり呼ばないでくれよ」
「わかってるって。嫌いなんでしょう?」
「うん……」
ティロは再びライラから目を反らした。名前を嫌いという感覚はライラもよく知ったものだったので、彼の意志を尊重したいと考えていた。
「それで、その特訓はするの?」
ライラは模擬刀を指さした。
「いや、今日はなんかもう、そういう気分じゃなくなった。眠剤で寝る」
「それがいいんじゃないの」
ライラはおやすみ、と立ち上がった。ライラはその後ティロが河原から離れた茂みに入って行くのを確認して、河原を後にした。
(なんであんなところで寝られるんだろう……余計疲れると思うんだけどな)
睡眠薬さえあればどこでも眠れる、とティロは言っていた。しかしわざわざこんな寂しいところで野ざらしである必要はないのではないか、とライラは思っていた。
「よくわからないけど……可哀想で見てられないのよね」
ライラは剣技について語っていたティロを思い出した。ライラは剣技のことはよくわからなかったが、ティロが本当に剣技が大好きなのだということは十分に伝わった。
「いつかみんなに認めてもらいたいよね、こんなところじゃなくてさ」
こんな寂しい場所ではなく陽の当たるところに出て、思いっきり剣を振ってもらいたい。ライラはそう思いながら河原を後にした。
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