恋愛事情
馬車は街道沿いの宿場で止まり、休憩となった。
「それじゃあ私は、何か食べられそうなものを買ってきますね」
セドナは馬車を降りると、商店の方へ歩いて行ってしまった。その場に残されたレリミアは、ティロの方を見る。急に二人きりになるとどうしていいのかよくわからず、とりあえず世間話をしてみることにした。
「ねぇ、ティロは好きな人とかいたことあるの?」
「好きな人ですか? そうですね……いたことはあります」
ティロは何かを考え込むように答えた。
「あるの!?」
「ええ、随分昔に死んでしまいましたけどね」
レリミアは気まずいことを聞いてしまったと思い、申し訳なさそうにした。
「そうなの……ごめん」
「いえ、いいんです。昔の話ですから」
あまり尋ねない方がよさそうな話題であったため、レリミアは話を変えることにした。
「私、今15歳で、来年になったら成人でしょう? それで今から縁談話ばかり持ってこられて、嫌になっちゃう」
「そういうものなんですか?」
レリミアはセドナが帰ってくるまでに間を繋ごうと精一杯話し始めた。
「そうに決まってるじゃない。うちは分家筋だからもっといい所の家とくっつかないといけないとか言って、見たことも聞いたこともない人の話ばかりするんだよ。私の気持ちなんか、考えないでさ。本当に、親って自分勝手で子供のことなんか考えないんだから……あ、またごめんね」
レリミアはティロが孤児であったことを思い出し、親の愚痴を言ってしまったことを謝った。
「別に謝ることなんかないですよ」
「あ、でも……ティロって両親いないんでしょう? それでまた悪いこと言ってしまって」
ティロは申し訳なさそうなレリミアに何事もなさそうに返した。
「構わないですよ。第一、僕は自分の母親の顔すら知らないんですから、今更親がどうこうって言われてもよくわからないんですよね」
打ち切られるような会話にレリミアは戸惑った。普段の友達と話しているときのように話していては何も会話できないと思い、とにかく彼の情報を得ようと考えた
「そう言えば、どうして独りになったの?」
「……聞きたいですか?」
ティロの声色が低くなったような気がして、レリミアは焦った。
「あなたの話なら、是非」
「それじゃあ今度、じっくりお話しましょうか。話し始めると長くなりますからね」
長くなる、という言葉にレリミアはまた失言をしたかと思ったがティロの顔を見る限り嫌そうな顔はしていなかった。
「うん、約束だよ」
「はい……確かに約束しましたからね」
どことなく嬉しそうなティロにレリミアはほっとした。
「それよりも、縁談の話は困りましたね」
「そうなの。私だって好きに恋愛したい!」
レリミアは思い切ってティロに最近の悩みを打ち明けた。
「誰か好きな人でも?」
「別に……誰でもいいけど、好きでもない人と結婚するなんてとにかく嫌」
「会ってみれば意外といい人かもしれませんよ」
「そうやって他人事みたいに」
「実際他人事ですからね。でも、もし自分事として考えるなら……逃げますかね」
「逃げる?」
レリミアは思いがけない言葉にきょとんとした。
「どうしても嫌なことは無理にぶつかるより傷つかない場所まで後退することも一種の戦術ですから」
「でも、逃げるって言っても、どこに?」
「どこだっていいんですよ」
レリミアもそこまで真剣に思い悩んでいたわけではなかったので、全てを捨てて逃げる覚悟などは全くなかった。
「じゃあ、本当に逃げましょうか」
「え?」
更に思いがけない発言にレリミアは驚いた。ティロは馬車から馬を一頭放して手綱を付け替え始めた。レリミアはセドナの消えていった方を眺めた。今すぐ彼女が戻ってきて、これは何かの冗談だと言ってくれないかと期待をしたが、セドナの姿は見えなかった。
「そんな、でも……怖い」
レリミアが戸惑っている間にティロは着々と馬の準備を進めていた。
「怖い? 僕がいるじゃないですか」
「でも……」
「考えるより、こういう時は行動ですよ」
ティロはレリミアを抱きかかえると、放した馬に乗せた。
「え、ちょっと、待って、待ってよ!」
「じゃ、行きますよ」
レリミアの言葉も聞かず、ティロはすぐ馬に飛び乗ると手綱を入れた。
「ねえ、どこへ行くの!?」
「さあて、ね。しっかり捕まっているんだよ」
馬は街道を離れて、遠く明後日のほうへ走り出した。しばらく走り続け、元の街道はすっかり見えなくなっていた。しばらくゆっくりと歩いた後、細い山道へさしかかった。山道を進んでいくと人通りのない、細い街道へ出た。
「ここはどこなの?」
「さあ、適当に走ってきたからよくわからないね」
ティロは道端で馬を止めて降りると、レリミアを馬から降ろした。
「この辺りで少し休もうか」
「ねぇ、本当に大丈夫なの?」
思わずレリミアはその場に座り込んでしまった。これほど長く、誰かと騎乗した経験はなかった。腰がガクガクと震え、頭でも何が起こっているのかよくわからない状態だった。
「何が?」
「だって……せっかくセドナが用意してくれた旅行なのに」
「別にいいじゃないか。それよりもさ」
ティロはレリミアを木の根元に腰掛けさせた。その隣に自分も座り、レリミアの顔を覗き込む。
「せっかく二人きりになったんだから、もう少し仲良くなってもいいんじゃない?」
「え?」
「だってこうでもしないと、君とまともに話なんかできそうもないしね。そうだろう?」
急に距離を詰めてきたティロにレリミアは思わず顔をそらす。
「話なら、さっきまでしてたじゃない」
「それはあくまでも上司の娘と部下の関係だろう? それに君は上流階級のお嬢様で、僕は所詮リィアの飼い犬だ。まるで話なんかできないじゃないか」
(だから、私にとても気を遣っていたのかな……)
「そんな、私そんなこと考えたことない」
「君はね。でも僕は随分悩んでいたんだ……どうすれば君を手に入れられるかをね」
「えっ、今なんて?」
「君を手に入れたい、あの屋敷から君を連れ出してどこかへ連れ去りたいって、ずっと思っていたんだ」
ティロがレリミアをじっと見つめて言う。
(これは、愛の告白なの!?)
レリミアの頭が真っ白になった。この前読んだ恋愛小説で身分違いの一般兵と上流階級のお姫様が手に手を取り合って駆け落ちするというものがあった気がする。まさしく今、レリミアの前には空想の世界が現実のものとなりつつあった。
「……そんな」
「さっき君が縁談の話をしたから、つい思うより先に身体が動いてしまった。驚かせて悪かったね」
「でも、私、心の準備が」
「準備なんかしなくていいよ」
ティロはいきなりレリミアの肩を抱き寄せた。家族以外の異性の身体に初めて触れ、二人の体温が混ざり合う感覚が生々しく思えた。
「えっ……きゃっ」
「……ずっと、こうしてみたかった」
レリミアはティロの顔を見ることができなかった。
(わ、私……どうなっちゃうの?)
「あっ、あの、私……」
「どうしたの? こういうのは嫌いかい?」
ティロの声は優しく、抱き寄せる腕に力が入っていた。
「ううん……でも、胸が何だか苦しくて……」
「じゃあこうするとどうなるかな?」
ティロはレリミアの顔を上げさせると、その唇に軽く自身の唇を触れあわせた。真っ白なレリミアの頭の中で何かが弾けた気がした。
「……どう?」
「え、あ、あの……」
レリミアは言葉が紡げなかった。改めてティロの顔を見る。灰色の髪に繊細な顔立ち。緑色の瞳に映った自分の顔すらどことなく輝いて見える。
「僕についてきてくれるかい?」
「うん……」
息が出来ないほど苦しいと感じるのにどこか温かいと感じる。こんな気持ちは初めてだった。
「よかった! じゃあ出発だ!」
ティロが嬉しそうに言う。これほどまでに無邪気に笑う彼の顔を見たのは初めてだった
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